お客さんの人生の30分を無駄にしたくない【日替わり定食】ブルドック

地元民から愛される絶品メニューがある。キャベツがぱりっと新鮮。漬け物はできる限り自家製。安い。女ひとりもOK。5条件を満たす定食屋を『東京の台所』の著者・大平一枝(おおだいらかずえ)が訪ね歩く。儲けはあるのか? 激安チェーン店が席巻するなか、なぜ地価の高い都会で頑張るのか? 絶滅危惧寸前の過酷な飲食業態、定食屋店主の踏ん張る心の内と支える客の物語。古い飲食店街で営む、デカ盛りの有名店を紹介する。


厨房から客席を望む。右の一番大きな絵は鈴木さんの高校時代の作

 カウンターに座ると、『とんねるずのみなさんのおかげでした』という番組の名物コーナー「きたなシュラン」で認定の証として贈られるマスコットキャラクターに、埃がつもっていた。店主の鈴木謙さんが高校時代に描いた大きな油絵(のびやかであたたかないい絵だ!)の額は手製で、そこにもうっすら埃が。

 だからといって嫌な気がまったくしない。ここの料理はどれも愛情が駄々漏れだから。


ハンバーグ880円。ライス付き+250円。ときどきおまけの一段がハート型に

 わらじより大きいメンチカツ、三段重ねのハンバーグ、3人で分けたらちょうど良さそうなオムライス。それらが1000円ちょっとで食べられて、ちゃんとしっかり旨い。カップル、サラリーマン、女性の一人客、外国人らがひっきりなしに出ては入り、16時頃いったん客足が収まったと思ったら、17時には満席になっていた。


3人前はありそうなオムライス。バターの風味がきいている。ケチャップの文字は気分で


スパゲッティと卵のグラタン。濃厚で食べごたえ抜群

 謙さんは「好きに書いて。原稿は任せるよ」と、どこまでも気前がいい。

 定食屋を訪ね歩いて痛感するが、美味しいだけでも、安いだけでも、ボリュームたっぷりだけでも、長くは続かない。店主の自信と人柄が大事だ。そもそも低価格実現のため、定食屋は必要最低限の人数で切り盛りしている。いきおい、ドラマのように客とのんびり話す時間などない。

 だから店主の愛想や人柄でこの店はもっているなどと簡単には言えない。驚くような安価で、長い歳月胸を張って同じ料理を出し続ける。そういうことができる店主はだいたい明るい楽天家で自信に溢れ、1本筋が通っているし、たくさんしゃべらなくても、厨房から朗らかな空気が伝わってくる。もとより利益至上主義で、客が喜ぶのが好きでない人は、こんな薄利の商売はしないだろう。


いきなり手品を始める陽気な鈴木さん

 謙さんは、従業員からも客からもじんわり慕われているのがわかる。料理の最中に手品をしてみせたり、「ドリフとビートたけしの笑いの違いってわかる?」なんて急に話しかける。みんな、あ〜いつものが始まったという、やんちゃな子を見守る母のような優しい表情で、黙々と自分の皿と格闘している。

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台所の数だけ、人生がある。お勝手から見えてきた、50人の食と日常をめぐる物語。

東京の台所

大平 一枝
平凡社
2015-03-20

この連載について

初回を読む
そこに定食屋があるかぎり。

大平一枝

絶滅危惧種ともいわれながら、今もなおも人々の心と胃袋をつかみ、満たしてくれる「定食屋」。安価でボリュームがあり、おいしく栄養があって…。そこに定食屋があるかぎり、人は店を目指し、ご飯をほおばる。家庭の味とは一線を画したクオリティーに、...もっと読む

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コメント

coco_d0r >> #スマートニュース 2ヶ月前 replyretweetfavorite

hanzae22 #スマートニュース 2ヶ月前 replyretweetfavorite

adoriadesign チェック→ 3ヶ月前 replyretweetfavorite

suerene1 あ、また帰ってきたあとにこういう記事が・・。来年まで覚えていないと。 3ヶ月前 replyretweetfavorite