厨房から客席を望む。右の一番大きな絵は鈴木さんの高校時代の作
カウンターに座ると、『とんねるずのみなさんのおかげでした』という番組の名物コーナー「きたなシュラン」で認定の証として贈られるマスコットキャラクターに、埃がつもっていた。店主の鈴木謙さんが高校時代に描いた大きな油絵(のびやかであたたかないい絵だ!)の額は手製で、そこにもうっすら埃が。
だからといって嫌な気がまったくしない。ここの料理はどれも愛情が駄々漏れだから。
ハンバーグ880円。ライス付き+250円。ときどきおまけの一段がハート型に
わらじより大きいメンチカツ、三段重ねのハンバーグ、3人で分けたらちょうど良さそうなオムライス。それらが1000円ちょっとで食べられて、ちゃんとしっかり旨い。カップル、サラリーマン、女性の一人客、外国人らがひっきりなしに出ては入り、16時頃いったん客足が収まったと思ったら、17時には満席になっていた。
3人前はありそうなオムライス。バターの風味がきいている。ケチャップの文字は気分で
スパゲッティと卵のグラタン。濃厚で食べごたえ抜群
謙さんは「好きに書いて。原稿は任せるよ」と、どこまでも気前がいい。
定食屋を訪ね歩いて痛感するが、美味しいだけでも、安いだけでも、ボリュームたっぷりだけでも、長くは続かない。店主の自信と人柄が大事だ。そもそも低価格実現のため、定食屋は必要最低限の人数で切り盛りしている。いきおい、ドラマのように客とのんびり話す時間などない。
だから店主の愛想や人柄でこの店はもっているなどと簡単には言えない。驚くような安価で、長い歳月胸を張って同じ料理を出し続ける。そういうことができる店主はだいたい明るい楽天家で自信に溢れ、1本筋が通っているし、たくさんしゃべらなくても、厨房から朗らかな空気が伝わってくる。もとより利益至上主義で、客が喜ぶのが好きでない人は、こんな薄利の商売はしないだろう。
いきなり手品を始める陽気な鈴木さん
謙さんは、従業員からも客からもじんわり慕われているのがわかる。料理の最中に手品をしてみせたり、「ドリフとビートたけしの笑いの違いってわかる?」なんて急に話しかける。みんな、あ〜いつものが始まったという、やんちゃな子を見守る母のような優しい表情で、黙々と自分の皿と格闘している。
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