書籍化しました!
“よむ”お酒(イースト・プレス)
本連載『パリッコ、スズキナオののんだ? のんだ!』が本になりました。
その名も『“よむ”お酒』。
好評発売中!
ひとり飲みや、晩酌のお伴にぜひどうぞ
大阪の飲み方
東京から大阪に引っ越してきて、大阪の居酒屋のサービス精神とそこに集まる人たちの熱気に驚き、刺激を受け、特に家の近所である天満と京橋あたりの飲み屋街の無限に良い店があるかのような感じに目まいを覚える日々が続いた。
少しずつできた知り合いに「ここは行っておくべきだという店はありますか?」と、今思うと野暮なことを、大阪の居酒屋の全容を焦って知ろうとするあまりに聞いてまわった時期があったが、これもまた新鮮に思えたのは、その質問への回答から推測するに、みんなあっちこっちに飲みにいくというよりは、職場の近くの気に入った店に何度も通ったり、あるいは逆に歩いていてパッと目に入った店にふらっと入って飲んで満足というような風で、酒場ガイドを片手に名店と言われる店をめぐるような飲み方をあまりしていないようなのだ。
それはそれだけ、どこの居酒屋も「そこそこ安くてそこそこ旨くてそこそこ居心地がいい」ということだろう。好きな言葉じゃないけど、平均点が高いというか。
酒場スタンプラリー
東京に住んでいて、『吉田類の酒場放浪記』に特に激しく感化されていた一時期、私はまさにスタンプラリーのように都内のあちこちの名酒場と言われるような店をめぐっていた。根っからミーハーなのである。実際、そのようにすることで、東京に住みながら実は限られたエリアしか歩かずにいた自分の地図が一気に広がり、東京と一口に言うのは無茶なぐらい土地ごとに町並みの雰囲気も違うことがわかった(それはもちろん、大阪もそうだろうけど)。
そして、戸を開けた瞬間に時間の堆積を全身で浴びるような年季の入った店がまだいくつも残っていて、その末席に加わらせてもらうことが、ただ安いだの旨いだのを越えた幸福を感じさせてくれることを知った。今となっては、そういうガイドブックに載るような名店も、食べログにすら誰も情報をアップしないそこら辺の店も、違った良さがあることがわかり、その時々の気分にあわせて楽しめばいいんだと、かなり自由に考えられるようになった。そう思えるようになったのも、あのスタンプラリーの一時期があってこそのこと、と、決して無駄ではなかったと感じられている。
名物女将のいた店
その頃、テレビや本やネットで良さそうな店の情報を見つけては、時に会社の半休を取ったり、遠い町なら丸一日休んで行くようなことをしていたのだが、色々飲み歩いた中でも“名物女将”のいる店はとりわけ自分の記憶に強く残っている。
巣鴨駅から地蔵通り商店街をずっと歩き、都電荒川線の庚申塚駅まで行ったあたりの「庚申酒場」は、昭和一桁生まれだという白髪の女将が一人で切り盛りしていた。カウンターだけの店内には、女将の好みと思われる置き物などが雑然と置かれ、地蔵通りの喧騒が幻のように思えるほど凪いだ空気が流れている。おつまみはその時あるもので、おでんとか、たまにカレーもあるらしかった。何もない時もあった。ホッピーを飲みながら静かにしていると、気が向けば女将が昔話を聞かせてくれた。「あの辺が巣鴨プリズンだった頃は」と、ゆうゆうと時間を飛び越える。
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