夏物語 第一部

生まれるまえから生むをもってる

姉の巻子とその娘の緑子が上京し、わたしの家に泊まっている。二度寝して、本格的に目が覚めたとき、巻子はいなかった――。芥川賞受賞作『乳と卵』の登場人物たちが、あらたに織りなす大長編『夏物語』、絶賛発売中! この物語には、人が生まれて生きて、そしていなくなることの、すべてがある。(平日毎日更新)

PHOTO:SHINTO TAKESHI

第28回 生まれるまえから生むをもってる

 それにしても、とわたしは古い綿がいっぱいにつめられたような頭で思う。今日は何日。尾てい骨あたりにぬるっとした感触があり、できれば眠ったまま少しも動きたくなかったけれど、仕方なく起きあがってトイレに行った。

頭のなかでカレンダーを思い浮かべて、前回の生理日、丸をつけた場所を思いだしてみる。あのへん。予定としては、十日前後はやいのではないだろうか。

 思えば先月も、そのまえの月も、ここのところ少しずつまえのめりで生理がやってくるようになっている。最初に生理が来てからの数年をのぞいた十五年以上、それはまるで定規できっちり線を引くみたいに二十八日周期で規則正しくやってきていたのに、この二年ほどのぐらつきには何か理由があるんやろうか。

 そんなことを思いながら、なぜこんなにいつまでも終わらないのだろうと、寝ぼけ頭でも驚いてしまうくらい長い放尿が終わるのを待ちながら、わたしはパンツの股の部分についた血をぼんやり眺めた。それはどこか日本地図に見えないこともないようで、大阪がこのあたり、そしたら四国はこのへんか、それで行ったことはないけれど青森が、などとやっていると、青森に限らずわたしはほとんどどこにも行ったことがないよなあとぼんやり思った。パスポートももっていない。

 外の明るさの雰囲気からして、まだ七時にもなっていないはず。夏はまだ目覚めておらず、空気がひんやりしていた。眉間に力を入れるとかすかな痛みが走った。二日酔い。けれど気分が悪いということもないし、そんなにひどくはないみたいだ。紙袋からナプキンを取りだして包装をはがし、股の部分に装着した。パンツを引きあげて水を流して部屋に戻った。ナプキンはふかふかしていてまるで股の布団やなと思いながら、わたし自身も再び布団にくるまった。

 二度寝に戻るか戻らないかのうつつのなかで、あと何回生理になるんやろうなとぼんやり思った。生理はあと何回、わたしの体にやってくるのだろう。これまで何回、生理になったのか。そうすると、今月も受精はありませんでしたね、というようなフレーズというか誰かの台詞が漫画の吹きだしのように目のまえにやってきたので、わたしはじいっとそれを見た。

 受精はありませんでしたね。はい、受精ね。ええ、ないですよ。今月どころか、来月も、そのつぎもそしてまたそのつぎも、受精の予定なんてないですよ。わたしはその吹きだしにむかって淡々と説明した。頼りない声が体のなかで響いているのが少しずつ遠ざかってゆき、気がつくとわたしはまた眠ってしまっていた。

 本格的に目が覚めたとき、巻子がいないのでどこへ行ったのかと一瞬とまどったけれど、ああそうだった、昨晩ビールを飲みながら巻子が言っていたことを思いだした。「こっちの友だちに会って、それからそのまま銀座に行って、例の、選びぬいたわたしのあのクリニックに行ってカウンセリング受けてくるわ。もろもろで七時まえくらいになるかも。晩御飯はまた決めよ」

 時計をみると、午前十一時半。緑子はすでに起きていて、布団のなかで本を読んでいた。わたしはふだん朝食を摂らないのでうっかりしていたけれど、子どもの緑子には朝食が必要なわけで、緑子ごめん、うっすら二日酔いで二度寝してもうた、お腹へったやろ、ごめんごめんと謝ると、緑子はわたしの顔をじっとみてから台所のほうを指さし、パンを食べた、というような仕草をした。よかった、何もないけど何でも食べて、と笑うと緑子は肯き、本のつづきに戻った。

 夏の朝。窓は穏やかに光っている。大きくのびをすると、体のどこからかぱしぱしと関節の鳴る音がした。起きあがって布団をめくると、生理の血がシーツにまあるくついているのがみえた。ああ、こんな失敗は何年ぶり。この数年、生理周期が不順になっているとはいっても、こんなんいったいいつ以来。わたしは胸のなかでため息をつき、脇のファスナーをひっぱって布団をぬきだし、シーツをくるんで風呂場へ行った。

 生理の血は湯で洗ったら、固まってとれなくなってしまうので水で洗わなければならない—このことを教えてくれたのは誰だったろう。学校でもなし、母でもコミばあでもなし。そんなことを考えながら、広いシーツの血のついた部分をつまみだして、洗面器に洗剤を溶かしてそこに浸け、ぼわりと血が溶けるなかで洗っていると気配がして、ふりかえると緑子が立っていた。

 わたしはしゃがんだまま首をひねって緑子を見あげ、なあ、きょう遊園地行ってみよか、と話しかけてみた。それから、きのう失敗してもうて洗ってるねん、とつづけた。緑子は返事をせずに黙ったまま、わたしの手とシーツの動きを見ているようだった。シーツをこするどことなくこそばゆげな音と、洗面器のなかで水が小さく跳ねる音だけが狭い風呂場に響いていた。血は水じゃないと落ちひんねんで。泡のなかで血がとれたかどうかを確認しながらしばらくしてふりかえると緑子と目があった。うん、というように緑子は首を動かして、部屋に戻っていった。

◯ 卵子についてこれから書きます。今日しったこと。卵子は精子とくっついて受精卵というのになって、くっつかないままのは、無精卵というのらしい。ここまでは知ってた。受精は、子宮のなかでそうなるんではなくて、卵管という管みたいな部分でふたつがくっついて、受精卵になったものが子宮にやってきて、着床というのをするらしい。

しかしここがわからない。どの本を読んでも絵をみても、卵巣から卵子がとびだすときの手みたいなかたちをしてる卵管に、どうやって入るのかがわからない。卵巣から卵子がぽんと出る、と書いているけれど、どうやって。あいだにある空間はどうなってるの。なんでよそにこぼれたりせんのかなぞ。

それから、どう考えてよいのかわからないこと。まず、受精をして、その受精卵が女になるんですよって決まったときには、まだ生まれてもない女の赤ちゃんの卵巣のなかには(そのときに卵巣がもうあるなんてこわい)、卵子のもと、みたいなのが七百万個もあって、このときがいちばん多いのらしい。

それからその卵子のもとはどんどん減ってって、生まれた時点で百万個とかになってて、新しく増えたりはもうぜったいにせんのらしい。それからもずっとずっと減ってって、わたしらぐらいの年になって生理がきたときには三十万個くらいになって、ほいでそのなかのほんのちょびっとだけがちゃんと成長して、その、増えるにつながる、あの受精というものができる、妊娠できる卵になるのらしい。

これはすごくこわいこと、おそろしいことで、生まれるまえからわたしのなかにも、人を生むもとがあるということ。大量にあったということ。生まれるまえから生むをもってる。ほんで、これは本のなかに書いてあるだけのことではなくて、このわたしの、このお腹のなかにじっさいほんまに、いま、起こってることであること。生まれるまえの生まれるもんが、生まれるまえのなかにあって、かきむしりたい、むさくさにぶち破りたい気持ちになる。なんやねんなこれは。

緑子


お知らせ
パートナーなしの妊娠、出産を目指す夏子のまえに現れた、精子提供で生まれ「父の顔」を知らない逢沢潤—生命の意味をめぐる真摯な問いを、切ない詩情と泣き笑いに満ちた極上の筆致で描く、21世紀の世界文学。『夏物語』は、絶賛発売中です。

人生のすべてを大きく包み込む、泣き笑いの大長編

夏物語

川上 未映子
文藝春秋
2019-07-11

この連載について

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夏物語 第一部

川上未映子

芥川賞受賞作『乳と卵』の登場人物たちが、あらたに織りなす大長編『夏物語』。7月11日の発売を前に、第一部を全文公開。この物語には、人が生まれて生きて、そしていなくなることの、すべてがある。(平日毎日更新)

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