健常者っていいな、行きたい時に行きたいところに行ける。車だってバイクだって自転車にだって乗れる。ラーメンだってすすれるし、思うことをスムーズに話せる。
人に何かをお願いせずになんでもできるじゃん。自分で選択して、なんでもできるからいいな、いいな。障害者の私はそんなことを思いながら生きていた。でも、あるとき、近しい健常者にこんなことを言われた。
「福本さんって普通じゃないですか。フツーに結婚して、フツーに子ども産んで、フツーの人生ですよ。それに比べて私なんて……」 中学校の座談会で、30半ばの先生からは「普通にお仕事もされていて、本まで出版されて、フツーの僕たちが夢みてもなかなかできないことを……もう望むことなんてないでしょ」と。
「あるある。首の痛みを気にせず、毎日を過ごしたい」
「他には?」と今度は生徒から声が飛ぶ。「水をごくごく飲みたい」「えっ、水飲めないんですか」「うん。のどの筋肉も落ちて来て、ごっくんってするのが大変でね。溺れそうになる」と応える。すると、「水泳も苦手? 顔は洗えますか?」「喉は乾かないんですか?」「水の代わりにアイスクリームを食べれば?」と話があらぬ方向に飛ぶ。
問いに答えようと、屈託ない中学生たちのお顔を見る。「私の障害っていったいなんだろう?」って、ふと思った。
障害者と呼ばれる人も健常者と言われる人にもいろいろな人がいる。価値観も違うし、大事にしたいものも違う。みんな病気もすれば、日々の体調だって変わる。元気な時とそうじゃない時の幅は、そりゃー少ない方が生きやすいのだけど。
でも、みんな出会う人やタイミングで体や心が傷ついたり元気になったりもする。こんな簡単なことに57歳にして気づく。
ひょっとして、こんなふうに話していけば、互いのことも少しずつ理解できる? 障害者VS健常者の関係から抜け出せるかも?
この連載では、その考えをより深めるために、私が6年間働いたり、いろいろな人と関わる中で感じたことを、書く! これは、障害者と健常者の溝を埋めるための挑戦だ。
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