Googleストリートビューをさまよう「私」に逢いたくて

予想を裏切る展開と、伏線を見事に回収するエッセイが人気の岡田悠さんに、「旅」をテーマに綴っていただくこの連載。Googleストリートビューをさまよい続けるサイト「Street View Random Walker さまよえる私」の虜になった岡田さんは、「私」に逢いたい衝動にかられ、予想もつかない旅に出かけることに。はたして、「私」に遭遇することができるのでしょうか?

すごいサイトを見つけた。その名も「さまよえる私」という。
Googleストリートビューをランダムに動き回り、その景色を延々と表示させるらしい。


製作者は「あずま」さん(@sngazm)


どこかをさまよっている様子

感動した。Googleストリートビューという巨大空間を歩む「私」。物理世界と電脳世界の狭間を抜けるサイバーパンク感。そして目的地もなく、永遠にさまよい続けるという途方もない旅情。

もはやある種の哲学を感じさせるこのサイトに、僕は虜になった。景色はビル街から住宅街、あぜ道や河原道へと次々に移り変わる。時には駅構内に入ったり、道無き道を進んだりもする。飽きない。一日中眺めていられる。
日本のどこかにこの景色があって、そこを「私」がさまよっている。知らない街を歩くときのあの不思議な高揚感を、画面を通じて味わうことができる。

このサイトは公開されると大きな反響を呼び、瞬く間に大量のアクセスがあったらしい。しかしそのせいで、GoogleのAPI使用料が跳ね上がっているというではないか。

このサイトをもっと見ていたい。僕はすぐに1万円を支援した。クラウドファンディングにお金をいれたのは、これが初めてだった。清々しい気分だ。お金に善い使い方と悪い使い方があるとしたら、これは間違いなく前者だろう。


支援した印として名前をサイトに入れていただいた

そうして満足感に浸っているうちに、また別の興味が湧いてきた。

さまよえる「私」に、逢ってみたい。

「私」がどのような景色を歩いているのか、自分の目で確かめたい。その土地の空気を吸って、匂いを嗅いで、五感でその道程を感じてみたい。そして僕も同じように、どこかの街のどこかの道を、誰にも知られずさまようのだ。

ただ少し、躊躇するところもあった。このサイトの醍醐味の一つが、どこかわからない場所をさまようという「迷子感」にある。実際に「私」の場所を追いかけるなど、野暮な行為と思われないだろうか。
そこで製作者のあずまさんに連絡をとってみたら、すぐにご快諾いただいた。ありがとうございます。流石すごいサービスを作る方は心が広い。


意味不明な相談をしてすみません

さて、そもそも「逢う」とはどういう状態か。「私」はバーチャルな存在なので、もちろん物理的に接触することはできない。
逢うとはすなわち、Googleストリートビューでの「私」の座標と、現実世界での私の座標が一致することを指す。2つの座標がぴったりと重なった時、僕たちは邂逅するのだ。

だから、こういう写真が撮れたらゴールである。


「私」と逢った時のイメージ

こうして僕は、「私」に逢う旅に出ることにした。

土曜日の朝。僕は慣れない早起きをして、熱いコーヒーを飲みながら「さまよえる私」をじっと眺めていた。そこには「ふじおか眼科」「ヤオコー」などの看板が映っている。

調べてみると、どうやら千葉県の流山市付近にいるらしい。秋葉原を出発したという「私」は、文字通り紆余曲折を経て東へと進んでいた。その歩みは速く、グズグズしているとまたどこかへ行ってしまう。僕はコーヒーを飲み干して、つくばエクスプレスで流山へと向かった。

最初に到着したのは「流山セントラルパーク」という駅だ。流山は千葉県で8番目の人口を誇りながら、「森の街」を称する緑豊かな地域でもある。「私」のさまよう景色を見ても、街中に緑が溢れていることがわかる。

ベンチに座って「私」の行方を確認すると、「ちびっ子公園」という看板が見える。
この公園は今いる駅から5km以上北に位置していた。のんびり移動している間に、「私」は北へ向かってしまったようだ。またすぐ電車に乗り直した僕は、最寄駅の江戸川台で降りると、徒歩で公園へと向かった。

今日は雲一つない快晴だ。照りつける日差しに、背中から汗が噴き出してくる。だが「私」に逢えるという喜びで、そんなことは少しも気にならない。胸を高鳴らせ10分ほど歩くと、ちびっ子公園に到着した。

「私」はこの辺りにいるはずだ。急いでスマホを確認すると、いない。「私」が公園付近にいない。ついでにちびっ子もいない。誰もいない。
「私」はまた違う景色を歩いている。どうやらこの「私」、たまにワープをして数キロ先に移動するという習性があるらしい。よくよく見ると、また南の方に戻ってしまったようだ。

まるで鬼ごっこである。僕は「私」に翻弄されている。でもそれがいいのだ。周りには知らない景色が広がっていて、僕自身もどこに向かうのかわからない。これぞ「さまよえる」状態である。予想外の難しさが逆に情熱に拍車をかけ、謎にテンションが上がってくる。

住宅街を抜け国道に出ると、近くにケーズデンキがあった。そうだ、携帯の電池が切れかけている。吸い込まれるように店内に入った僕は、なぜかそこでニコンのカメラを買った。

1万円した。スマホの代わりにこれで写真を撮ろうと思ったのだ。しかし後で冷静になってみると、普通にスマホの充電器を買えばよかった。疲れと変なテンションとで、それくらい思考能力が落ちていた。お金に善い使い方と悪い使い方があるとしたら、これは間違いなく後者だろう。

よくわからない買い物をした僕は、また出発地点の流山セントラルパーク駅に戻ってきた。今日1日で、既に2万歩近く歩いている。棒になった足を引きずり、僕は「私」に接近する。今度こそという決意を胸に、ニコンのカメラをぎゅっと握りしめた。しかし「私」はそう甘くはない。
駅前のコンビニに着いてスマホを確認した僕は、目を疑った。また景色が変わっている。「私」は三たびワープしたのだ。しかもこの景色、さっき行ったケーズデンキの近くではないか。

何が起こったのかわからない。一度落ち着いて整理しよう。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
旅と思えばそれは旅だ

岡田悠

「経済制裁下のイランに行ったら色々すごかった」「近所の寿司屋のクーポンを記録し続けて3年が経った」で話題の岡田悠さんによる書き下ろしエッセイ!この連載では、「旅」をテーマに綴っていただきます。予想を裏切る展開と見事な伏線回収をお楽しみ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

KotorinChunChun >僕はすぐに1万円を支援した。 >お金に善い使い方と悪い使い方があるとしたら、 >これは間違いなく前者だろう。 >なぜかそ… https://t.co/6FEHWrX8KI 8日前 replyretweetfavorite

muratashg 世界線が重なった瞬間に泣いた 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

YuuuO 自分で言っちゃうけどこの記事ちょっとだけ「君の名は。」感あるな 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

camper_otk めちゃ面白い!! 約2ヶ月前 replyretweetfavorite