九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【アラザン】

溢れるアラザンにおれは流され、しかし全く不安はない。
美しさや甘さは、世界の肯定だ。抗う必要はない。
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 星月夜空にぷつぷつピンホール零れてくる銀河の飛沫




 銀行員になってから、手が金くさくなった。正確に言うと硬貨くさくなった。もっと言うと、一円玉くさくなった。

 洗っても洗っても匂いが消えない。独り暮らしの部屋には、ひと一人が一生に使う分以上の一円玉がある。

 銀行員としてお金の重みを実感したくてカードを極力使わない生活を送ってきたが、もう限界かもしれない。

 和箪笥の全引き出しが一円玉でいっぱいだ。箪笥預金という言葉を銀行員として実感すべきだと思ったが、もうクリアだろう。


 社会人になって初めてパチンコ屋に入った。パチンコ玉を数える機械にザザザーと玉を流していたら、あの和箪笥の中の一円玉を一気にこうしたくなってたまらなくなった。

 イライラして、一円玉が憎くて邪魔で、何もかも一円玉のせいのような気がして、退治してやるというような殺気に満ちて、暴力的に部屋の鍵を開けずんずん和箪笥に突進して胸ぐらを掴む勢いでざんっと引き出しを開けた。


 一円玉はなく、銀河のように大量のアラザンがあった。

 溢れるアラザンにおれは流され、しかし全く不安はない。美しさや甘さは、世界の肯定だ。抗う必要はない。

「どうにでもなれ」とは違う感情だ。素直、ということだろうか。

 どうなるんだろう、どこに行けるんだろうと期待に身を任せる。疑わないから目を閉じる。


 アラザンの流れが止まり、目を開けると銀行の前にいた。

 一円玉かアラザンか、見分けのつかない銀色に、銀行は浸って建っている。




 高すぎて人に聞こえない周波数の音符として転がるアラザン



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新潮社
2019-01-18

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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