
「人が月に行く時代」もいまは昔
ぼくの通った小学校の図書室や学級文庫には、1970年代あたりに書かれた子供向けの本が結構あって、それを読んでいると「人が月に行く時代に……」というのがわりと決まり文句として出てきた記憶がある。しかし、その当時(1980年代)ですらもはや「人が月に行く時代」ではなくなっていた。NASA(アメリカ航空宇宙局)の有人月飛行計画であるアポロ計画は、1972年のアポロ17号をもって終了していたからである。
「人が月に行く時代」を今風に言い換えるとしたら何になるだろうか。「人々が電話を持ち歩く時代」「個人がコンピュータを所有し、世界中に発信できる時代」……いくつか思い浮かぶものの、どれもしっくりこない。たしかにこの40年でテクノロジー、とりわけ情報技術は飛躍的に発達をとげたはずだが、月旅行とくらべるとやはりスケール感に欠ける。テクノロジーの進歩を端的に示すという点でも、「人が月に行く」以上のものはなかなかなさそうだ。
人が月に行くという計画はそもそも、1961年5月、前月のソ連による世界初の有人宇宙飛行にアメリカ国民がショックを受けるなか、ときの大統領ジョン・F・ケネディが「1960年代の終わりまでに人間を月に送りこむ」と宣言したことに始まる。はたしてその公約どおり、1969年、アポロ11号により人類初の月着陸が実現した。その船長を務め、月への第一歩を記した人物こそ、去る2012年8月25日に亡くなったニール・アームストロングである。
アームストロングの月着陸をめぐってはいくつか謎が残る。それらの真相を探ってみると、彼の人柄が垣間見える一方で、後世に向けた記録とはどうあるべきか考えさせられたりもする。まずは、あの有名な言葉をめぐる謎について見てみよう。
月での第一声から抜け落ちた「a」
アポロ11号は1969年7月16日、フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた。月周回軌道に乗ったのち、7月20日、司令船コロンビアから切り離された月着陸船イーグルは月の「静かの海」に着陸する。着陸船にはアームストロングと同船パイロットのバズ・オルドリンが乗りこんでいた。もうひとりの飛行士であるマイケル・コリンズは司令船に残り、月面での活動を終えた着陸船とふたたびドッキングするまで待機する。ちなみに3人はみな1930年生まれで、アームストロングは翌月5日に39歳の誕生日を迎えようとしていた。
アメリカ東部夏時間で1969年7月20日午後10時56分(日本時間で翌21日午前11時56分)、アームストロングは月着陸船のハッチを開けるとはしごを降り、まず左足から月面への第一歩を踏み出した。このときの彼の「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ(It's one small step for a man, one giant leap for mankind.)」という言葉はあまりに有名だ。