実は、希望をもらったのは 東京にいる私たちだった

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、人と人をつなぎ、全国に広がり、洗われ、販売され、工場再建のきっかけとなります。 震災で希望を忘れなかった人と、手と心を差し出した人情商店街の人々がつながった感動の物語です。(バナーの写真:佐藤孝仁)

「いやー、まいりました! 1週間出張に出ていて、今日こそはゆっくり風呂に入ろうと家に帰ったら、風呂が湯船ごとスケートリンクみたいに凍りついていたんです」

 電話口の鈴木さんの言葉に驚いたのは、2016年2月のこと。明るい性格の彼は、半分はギャグとして語っているのだが、このエピソードは、宮城の冬がとても寒いということに加えて、復興がまだまだ完全でないことを痛感させてくれた。会社が震災前の売り上げを回復したにもかかわらず、鈴木さんは、壁の薄い仮設住宅に住み続けていたのだ。

 また、木の屋は売り上げを回復したが、宮城県の水産業全体の回復としては、2017年2月時点で76%の企業が震災前の売り上げに満たないという現状もある。震災の傷跡は、まだまだ深い。


 脇目もふらず活動を続けてきた私たちも、この頃になると、少し落ち着いて、これまでの活動を振り返ることができるようになっていた。経堂の飲食店のカウンターでは、こんな言葉が聞かれた。

「支援を続けて、木の屋さんに希望が見えてきたけど、実は、希望を与えられたのは、こっちだったかもしれないね」考えてみると、そうなのだ。まず、私たちは、木の屋の応援を通して大切なことを学んだ。東京の快適な暮らしが、実はあたり前のものではないことや、福島の原発の問題など、地方を犠牲にして東京の繁栄が成立してきたこともリアルに感じられるようになった。

 そして何といっても、活動を通じて、飲食店をハブとする助け合いのチームワークが、高度に進化したことが大きい。2015年12月にチームが発足した「経堂こども文化食堂」は、シングルマザーの家庭を応援するプロジェクトだが、この取り組みは、まさに木の屋の支援活動の発展系である。

 はじめは、全国に広がる「こども食堂」と同じく、子どもに食事を提供するだけの活動を行うつもりだったが「まだん陶房」が協力を申し出てくれた。そのため、たんに食べるだけではなく、食べるための器を作る陶芸体験が可能な「こども文化食堂」へとアイデアが膨らんだ。そこで「文化」をプラスしたわけだ。

 食料は、木の屋がサバ水煮缶などを提供してくれることになった。続いて、「スカイアーチネットワークス社」が、サバ味噌煮が中身の「サーバー屋のサバ缶」を。さらに「日本百貨店」が様々な日本のいい物を送ってくれることになった。


 経堂長屋の個人飲食店からも素敵な申し出があった。「ガラムマサラ」は、野菜たっぷりの子どもカレーを寸胴鍋いっぱい。「らかん茶屋」は、鶏の唐揚げを2キロ分揚げてくれることになった。どちらも無償提供である。


 陶芸体験のあと、鰹節を削って味噌汁や出し巻き卵を作る「食の文化体験」を提案して、鰹節削り器と枕崎の本枯節をたくさん提供してくれたのは、愛情料理研究家の土岐山協子さん。宮城県出身の彼女は、以前から、奄美諸島・沖永良部島のスーパーで木の屋の缶詰を販売してくれている人でもある。

 そして、第1回の陶芸体験費用は、飲み屋のカウンターつながり。「きはち」の常連で、世界的な人形作家、四谷シモンさんから頂いた寄付を充てることになった。


 これらの寄付や協力は、3年目に入った2018年の今も変わらずに続いている。


 活動を通じて、経堂の中だけではなく、外部の人たちとのつながりも豊かになった。


 まずは、全国の地域とのつながり。石巻に津波が襲来した翌日に発生した長野県北部地震の被害を受けた新潟県十日町市との縁ができたのは、同年5月。


「同じ被災地として何か一緒にできることはないか?」と、十日町市役所の桑原善雄さんから電話を頂いたのが最初だった。桑原さんをつないでくれたのは、経堂に缶詰洗いのボランティアに来ていた、同市出身の関口真理子さんだった。

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この連載について

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蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜

須田泰成

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、...もっと読む

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