自由な社風がイノベーションを生んだ

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、人と人をつなぎ、全国に広がり、洗われ、販売され、工場再建のきっかけとなります。 震災で希望を忘れなかった人と、手と心を差し出した人情商店街の人々がつながった感動の物語です。(バナーの写真:佐藤孝仁)

 2016年6月、美里町工場で木村社長に会う機会があった。私は、前々から聞きたかったことを質問してみた。それは「木の屋の社風が、どうしてこんなに自由なのか?」ということだった。

 それについては、震災前から驚くことが多かった。たとえば、経堂でイベントをする際、チラシのデザイン費用がかかる場合でも、現場の鈴木さんたちに決定権があり、提案すると、その場でOKが出るのだ。

 2011年3月に予定していたサバ缶イベントは、それ以前のものに比べると規模が大きかったし、協賛してもらうサバ缶の数も多かった。その時のデザインや印刷にかかる費用については、木の屋の旧本社に電話をして、鈴木さんに口頭で伝えた。すると、「隣に副社長がいますので、ちょっと待ってくださいね」と言われ、10秒ほどで「副社長のOK出ました!」と返事があった。あまりのカジュアルさに、拍子抜けした。

 震災後の活動にしても同様だった。泥まみれの缶詰を掘って洗う活動にしても、あくまで現場主導。会社がなくなるかどうかという非常事態ではあったが、缶詰を洗って売る活動や、レトルトのカレーを作ること、「サーバー屋のサバ缶」をはじめとした様々なコラボ缶のことなど、あらゆる現場のアイデアが会社の上層部に否定されずに現実化するのには驚いた。それについて木村社長に聞くと、こう返ってきた。

「私は、社員のことを信じてますから。みんな、会社のこと、お客さんのこと、わかって動いてますし、一度はじめたらやり切るし、こちらから言うことは何もないんじゃないかなぁ」と笑う社長だったが、この言葉にすべてが集約されているような気がした。そんな木村イズムの自由な環境下で、工場復活後、「いさだスナック」以外にも新しい商品が生み出されてきた。

 2016年の夏に販売開始された「いきなりサバ太郎!」(以下、サバ太郎)は、サバ節を使ったサバチップス。ピーナッツが混ざっていて、ビールにピッタリ、卵かけごはんやパスタにも合う。「いきなり」というのは、宮城の方言で「ものすごく」の意味で、いきなり美味しいは、ものすごく美味しいのこと。パッケージは、イラストレーターの福田透さん、デザイナーのいなだゆかりさんによるポップな明るいイメージに仕上がった。

 この「サバ太郎」は、食通として知られる小山薫堂さんが、Fm yokohamaのラジオ番組「FUTURESCAPE」の収録中に試食して感動。そのご縁で、薫堂さんがナビゲーターをつとめるTOKYO FMの「ブリアサヴァランの食卓」に木村隆之副社長が出演して、「サバ太郎」だけでなく、鯨やサバの缶詰も試食してもらい高い評価を受けた。

 さらに2018年1月には、「ガラムマサラ」のオーナーシェフ、ハサンさん監修の、ラム肉と大豆のスパイシーなカレー缶詰「木の屋のラムカレー」が発売された。

 全国の生産地のいいものを積極的に取り入れる動きも活発化。和歌山県日高郡みなべ町の梅吉食品の南高梅入りサンマ缶や鯨大和煮缶、向井珍味堂の国産山椒使用の小女子佃煮缶など、魅力的な商品展開が続いている。

新工場は鯨と缶詰のテーマパーク!

「これから」の経営戦略


 2017年3月、木の屋石巻水産は、副社長・木村隆之氏の次男、木村優哉氏が社長に就任。新体制のスタートを切った。1984年、石巻に生まれた33歳。 彼に、これからのビジネス展開について語ってもらった。以下はコメントのまとめである。



   *  *  *



 木の屋石巻水産は、東日本大震災による津波で本社と工場が壊滅的な被害を受けたにもかかわらず、経堂をはじめとする全国のみなさんに応援して頂き、工場を再建して、事業を再開することができ、本当にありがたいです。


 缶詰を製造する美里町工場の設計には、実は、下北沢の「木の屋カフェ」をヒントにしたアイデアを活かしています。あの頃、僕も実際に見て感動したのは、全国から弊社の製品を求めて遊びに来てくれる人がいたことです。ただ缶詰を買うだけではなく、いろんな人が集まって、「木の屋カフェ」で出会い、語り合い、連絡先を交換して、SNSでも交流が広がる。お客さまとリアルにつながり、ふれ合う場が大事だと感じたんです。


 ですので、美里町工場は、子どもからお年寄りまでが楽しめる「鯨と缶詰のテーマパーク」として、観光や地域のみなさまに開かれた楽しい場所を目指します。見どころは、缶詰製造の現場を見ることができる見学通路です。お子さま向けには、タイムカプセルの缶詰バージョンの体験もして頂けます。売店では、各種缶詰や冷凍食品をリーズナブルに販売しています。日本三景の松島から車で約20分と便利ですので、気軽に立ち寄って頂ければと思います。


 事業としては、社会貢献を企業理念として、以下の三本柱を中心に考えています。


 一つめの柱は、缶詰と冷食を中心とした一般消費者向けの商品提供です。


 木の屋石巻水産の缶詰と冷凍食品は、忙しい現代人に、簡単に栄養豊かな美味しい物を食べて頂ける物がよりどりみどりです。特に、石巻の漁港に揚がった新鮮な青魚、サバ、イワシ、サンマなどを詰めた缶詰には、血液をサラサラにする健康成分と言われるEPAやDHAなどがたっぷり含まれていまして、鯨の缶詰や冷凍食品には、疲労回復に効果があるとして知られるバレニンが含まれています。美味しい物を食べて健康な暮らしをして頂くことに貢献していきたいですね。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

自由な社風がイノベーションを生んだ

この連載について

初回を読む
蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜

須田泰成

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません