2015年2月、ある日の早朝、石巻市立病院に赤ちゃんの泣き声が響き渡った。
「おめでとうございます! 元気な男の子です!」母親の名前は、高橋幸。初めての仕事が缶詰掘りだった、旧姓・小山幸。2011年度、木の屋の新入社員だ。
「会社の人と結婚したんです。工場が再建されて、2013年の夏に缶詰作りを学ぶ研修がありました。工場に1週間ほど通って、自分もラインに入って実習をしていたのですが、そこで出会いがあったんです」
お相手は10歳年上の腕のいい鯨加工の職人さんだった。その後、交際へと発展し、上司に報告。めでたく結婚する運びとなった。2人の結婚は、全社をあげて祝福された。木村社長に出産のことを聞くと、笑顔で答えが返ってきた。
「いやあ、めでたいね。ほんと会社をやめないで良かったと思うよね。弊社も日本の少子化対策の役に立ててるかな!」
泥まみれの缶詰の希望は、次の世代にもつながっていく。
サーバー管理会社とのコラボ
「サーバー屋のサバ缶」
木の屋の缶詰には、人を引き寄せる力があると思わせる出来事が、しばしば起きた。
2014年9月、「さばのゆ」に、あるIT企業の社員がやって来た。会社名は「株式会社スカイアーチネットワークス」。サーバー管理を主な業務とする会社だった。専務の高橋玄太さんと名刺を交換した時の衝撃は忘れられない。なぜなら、名刺と一緒に大手メーカーのサバ缶を差し出しながら、こう言ったからだ。
「はじめまして、サバ缶屋です」
私が驚いていると、高橋さんはゆっくりとした口調で説明をはじめた。
「サーバー管理業務をメインとする会社ですが、業界のスラングで『サーバー管理』を縮めて『サバ缶』と言うので、取引先に弊社を覚えてもらうために、2年ほど前から、名刺と一緒にサバ缶を渡すようにしてきたんです」
「サーバー管理」を「サバ缶」と言うことは知っていた。しかし、実際にサバ缶を持ち歩いて、ブランディングに利用する企業があるとは。私は、このユニークで柔軟な発想の会社の人たちに好感を持ち、すぐに打ち解けた。
復興のストーリーを知っていたから来てくれた高橋専務だが、美味しいという噂は聞いていた木の屋のサバ缶をまだ食べたことがなかった。
「じゃあ、まずは味噌煮缶をどうぞ!」と提供すると、食べた高橋さんがうなった。
「うーん、こんな美味しいサバ缶はじめてです!」美味しさの理由を説明すると、「このサバ缶を弊社のサバ缶として使うには、どうしたらいいですか?」と尋ねてきた。
そんな話をきっかけに生まれたのが、同社のノベルティーを兼ねたオリジナル缶詰「サーバー屋のサバ缶」だった。木の屋の缶詰は、ラベルが紙巻きなので、遊び心のあるデザインがいろいろ可能。私と高橋さんは、値段を380円、売り上げの38%以上を子どもたちの活動に寄付するなど、38(サバ)という数字をネタに、いろんなアイデアを出し合った。そして、「サーバー屋のサバ缶」を正式名称としてデザイン作業も進め、2015年の年明けには、黄色のラベルを巻いたサバ味噌煮缶が完成し情報公開。初めての情報告知は、私のツイッターだった。
これが、1日で1000RTを超え、大きな反響があった。WEBマガジン「ねとらぼ」の記者、太田智美さんが取材依頼の連絡をくれた。公開された彼女の記事は、Facebookの「いいね!」とシェアの数は2000以上、ツイッターのRT数も1000を超えた。
「サーバー屋のサバ缶」はその後、意外な発展を見せた。売り上げの38%を、石巻市雄勝町にある子どもの複合体験施設「モリウミアス」など、東北の子どもたちを支援する組織に寄付を行う活動を続けた。すると、思わぬ大企業から「うちも木の屋のサバ缶を使ったノベルティグッズを作りたい」と、相談が入りはじめたのだ。
「IT業界のイベントで「サーバー屋のサバ缶」を配っていると、興味を持ってくれる人が非常に多いんです。通常こういったイベントは大勢の人で混み合うため、パンフレットを渡してもその場限りのことが多いんですけど、このサバ缶は、渡した相手と会話が弾みつながりが生まれます。忙しくてその場で話ができなくても、食べたら美味しかったとあとで連絡が入ったり」そう語るのは、同社のマーケティング担当、有沢幸夏さん。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。