寄生獣(岩明均)

今回のfinalventさんの連載は久しぶりのマンガ評。題材は、『ヒストリエ』(講談社)や『七夕の国』(小学館)などで知られる岩明均の大出世作『寄生獣』(講談社)です。名作として、一般の読者だけでなくマンガ家や哲学者や芸能人など、あらゆる分野の人から今なお支持されている本作。finalventさんはどのように読み解くのでしょうか。

『寄生獣』とはどんな物語か

 1988年というと実質的な昭和の終わりを思う。と同時に翌年に世間を騒がせた連続幼女誘拐殺人事件を思い出す。また1995年というとオウム真理教事件を思い出す。1988年から1995年にかけて岩明均が描いたSF漫画『寄生獣』は、振り返るとこの二つの事件で区切られた時代が投げかる、人間存在の戦慄を象徴しているように思える。人間的なるものすべてに死神の鎌で挑みかけてくる異質な存在にじっと向き合っている恐怖でもある。いや、それにどう私たちは対峙できるのだろうか。

寄生獣(1) (アフタヌーンKC (26))
寄生獣(1) (アフタヌーンKC (26))

 『寄生獣』という物語は空から舞い降りる恐怖から始まる。初秋と思われる夜のこと、空からウニのような球状の物体が地上に降り注ぐ。落下後、中から15センチほどのヘビ状の生物が現れ、その近隣にいた人間の鼻や耳などから頭部に侵入し寄生する。寄生された人間は脳を食われ頭部以外を支配される。頭部は人間的な様相から瞬時に凶器へと変貌できるようにもなる。人間を狩って捕食するためだ。

 「寄生獣」という呼称は一義的には頭部に寄生する特性から呼ばれる。彼らは高度な知性を持ち通常は見かけも人間に擬態し、効率よく人間を捕食するために社会に溶け込んでいる。この作品が英訳された欧米圏では「寄生獣("Parasyte")」はエイリアン(宇宙人)と理解されることもあるが、地球生物である。また作品では「パラサイト(parasite:寄生生物)」とも呼ばれるが、「プレデター( predator:捕食者)」に近い。

 寄生獣はなぜ人間を捕食するのか。理由は作品冒頭で示されているように、地球生命全体と想定される意識が、人間によって破壊されていく地球とその生命の全体を守るために、増えすぎた人間を捕食して減少させるためである。

 これは通常のエコロジー思想 (人間もまた生態系を構成する一員して自然環境の調和・共存を考える思想)を転倒した主題であり、エコロジーに潜む、人間至上主義的な思い上がりへの批判である。この批判が当時斬新に響いたのは、市民活動的なエコロジー運動が体制側に擬制「正義」として取り込まれていく節目でもあったからだ。それも1988年のこと。環境庁はこの年、フロンガス不使用スプレー、古紙再生品、節水型洗濯機などに「エコロジーマーク」認定の事業を開始した。国家に見あう新しい「正義」である。鋭敏な人々は奇妙な違和感を覚えたものだ。それもこの作品への視線の背景となっていた。

 物語は主人公である高校生の泉新一の頭部にも寄生獣の幼体が襲撃したことから展開する。新一はたまたま耳をイヤホンで塞いでいたことから頭部への侵入は阻まれたものの、右手のひらから侵入され、右腕内で寄生獣は成体化した。そのためこの寄生獣は、平時は右腕として同化・共生し、覚醒時には右手に眼球と口を現して会話もする。挙げ句、自身のパーソナリティを右腕に由来して「ミギー」と名乗る。

 ミギーという設定は、少年・少女期に密接な、精神的な存在の物語という点で「ドラえもん」に近い。新一とミギーの間にはコミカルな友情も形成される。作者・岩明均の述懐によればこの作品は元来、「自分の右手が自分と違う人格をもっていたらどうだろう」という着想から生まれたものでもあったらしい。

 ミギーは新一の右腕に寄生しているため他の人間を捕食しない。ゆえに人間を捕食する寄生獣たちにとってミギーと新一は異質な存在であり、対立し、血みどろな闘争を繰り広げることになる。その過程に新一の家族やガールフレンドが巻き込まれ、人間ドラマが描かれる。

 その人間ドラマがむしろ、作品の本質だと見ることも可能だ。寄生獣という奇異な設定もまた、人間ドラマを引き立てる小道具だと見なせる。平凡な少年が苦難を越えて大人になっていく物語として、この作品に感動する人もいる。文芸評論家の加藤典洋は「進路選択に迷ったときに、あるいは大学の授業がつまらないと感じたときに、岩明均著『寄生獣』を読んでみることを薦める。異性にふられて悲しいときも、いい」と言う(早稲田大学週刊広報紙『早稲田ウィークリー』2006年4月27日)。

主題の転換と「田村玲子」の存在

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