「ええのんか」
「ドアの鍵、かけた?」
「かけてない」
恒夫は大いそぎで鍵をかけさせられてしまう。「……させられてしまう」というのがすべてにくっつくところに特徴があった。
(『ジョゼと虎と魚たち』田辺聖子(角川書店)p195~196)
田辺聖子さんは、たとえば『言い寄る』(講談社)のような現代的な恋愛小説(なんと発刊から50年経ったのに、いまだにまったく古びれず、読めば「わ~わかる~」とゴロゴロ転がってしまうのだ)を書いた。だけど恋愛小説だけじゃなくて、『新源氏物語上~下』(新潮社)のような古典の新訳(ものすごく面白いしさらっと読めちゃうので、もっとたくさんの人に知ってほしい)もほどこした。さらには『姥ざかり』(新潮社)のような「おばあちゃんがらんらんと活躍する」物語まで生み出した。どれも偉業、と簡単な言葉で済ませたくなるけれど、もう少し言葉を選ぶなら、「田辺聖子にしか書けない作品がこの世にたくさんあるのが嬉しい」とわたしはいちファンとして思う。
テンポが良くて色っぽい関西弁、にこっと微笑んで交しあう会話、おいしいごはんと楽しい趣味。それから自分の分はきちんと自分で養うための仕事。
田辺聖子的、としか言いようのない世界が本を開けばそこにはあって、わたしたちは彼女の小説の世界に憧れ続ける。
個人的なことを言えば、たとえばわたしは彼女の描く関西弁の男の子が大好きで、ちょっと苦労知らずで鈍いし口は悪いけれど、それでもやさしくてずるくない男の子が「な、なぜ現実にはいないのか……」と思い続けてきたフシがある。なぜ現実にはいないのか。もちろんわたしが田辺作品に出てくるような素敵な関西弁のお姉さんからは遠いからよ、と微笑まれそうな話であるけれども。
そんな田辺聖子作品だが、恋愛とか仕事とか生活とか人生とか、いろんな要素が詰まっているものの、「死」というテーマもまたそこに横たわっていることは、あまり注目されない。
田辺聖子作品を読んで、死を連想する人は少ないかもしれない。
でもはっきりと、短編小説「ジョゼと虎と魚たち」には、それが描かれている。
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