バスに乗って、サグレス岬、大航海時代

「ポルトガル食堂」の連載でもお馴染みの馬田草織さんの最新刊『ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅』の特別公開。今回は、ポルトガル最南端、地の果てと言われた断崖絶壁の岬で、大航海時代に思いを馳せます。

4章 サグレス

バスに乗って

 朝市の賑わいに後ろ髪を引かれつつ、サグレス行きのバスに乗った。気温はますます上がって、地元の乗客はTシャツかノースリーブだ。

 バスの運転手は、すぐ後ろの席の女性と会話している。どうやら娘の結婚について話しているようだ。時折嬉しそうな笑い声が混じって耳に心地いい。市場で買った愛嬌のある小鳩を半分に割ると、真っ黄色の鶏卵素麺が詰まっていた。甘そうだなあ。覚悟しながら食べると、これが意外に甘さ控えめで、アーモンドの風味も上品、あっという間に1個食べ終わった。あの売っていた女性、お菓子の名手だったんだ。もう一つ買えばよかったな。ああ、渋い日本茶が欲しい。白い漆喰壁の家が並ぶ長閑な村を過ぎ、1時間後に終点に着いた。

 ところが。てっきり終点で降りればいいと思っていたら実はそうではなく、少し手前のサグレス岬に近い広場で降りるべきだったらしい。そうとは知らず、上機嫌で景色を眺めながら、岬の反対側のバレエイラ港まで来てしまった。私と同じようなうっかり観光客があと3人、みんなやっちゃったなあという困り顔でバスを降りる。降りた先に見えた海の色が勿体ないほどに綺麗だ。

 近くのカフェでタクシーを呼んでもらい、慌てて岬の方へ引き返す。間もなく迎えに来た運転手は、30代後半のブラジル人の男性だった。これから1時間半でサグレス岬とサン・ヴィセンテ岬を回りたいと交渉し、もと来た道を引き返す。

「お客さん、フラットアース論って知ってる?」

 運転手が聞いてきた。彼曰く、自分は元料理人で、今は人生の夏休みだから、来年までアルガルヴェでサーフィン三昧の予定だそうだ。自由だなあ。

「陰謀論か何か?」 「何企んでるのかは知らないけど、世界は1枚のピザみたいに平らだって主張してる連中のことだよ。検索したら出てくるよ」

 初めて聞いた。確かに、地球が丸いというのは今ではすっかり常識だけど、それこそ大航海時代が始まる15世紀初頭まで、ヨーロッパの船乗りの多くは、アフリカ西岸のカナリア諸島の先、ボジャドール岬より南は誰も行ったことがなく、魔界だの、煮えたぎる海だの、滝のように落ちているだのと恐れていたと聞く。想像力はときとして厄介だ。今じゃ地球が平らだと思うのは逆に難しいけど、誰も経験のない昔なら、よほどの知識人でもなきゃそう信じても仕方ない。

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ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅

馬田草織

人生を変えてしまうような味に会いたい! ポルトガルの食をまるごと味わうコラム満載。家庭のキッチンから街角のレストランやカフェまで、縦横無尽に訪ね歩いた、めくるめく食旅エッセイ!

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