「受取手の感情を断定するなんて無礼」
死んでしまった母親が語りかけてくる設定などの「感動絵本」を量産する「のぶみ」が、自伝エッセイ『暴走族、絵本作家になる』の中で「図書館の絵本を6000冊、1ヶ月で読み終えてた」と明かしているのだが、図書館の開館時間が8時間だとして、30日間毎日通ったとしても、2分半に1冊読んだことになる、と意地悪く算出したことがある。その信憑性はさておき、母親の死をテーマにした理由を「感情移入できる絵本をシンプルに作ろうとすれば、そして普遍的なテーマを扱うのであれば、母親の死というのは究極の設定なのです」(HRナビ)としたことについては、どうしてそういうことが言えてしまうのだろうとの疑問を抱く。感情移入できる絵本をシンプルに、との姿勢が理解できないが、その心がけを外に漏らせてしまう感じが更に理解できない。
彼の絵本はとてもヒットしている。次に出す自著のテーマと関連することもあって、彼の著作の探索を続けている最中なのだが、彼の言う「感情移入してもらうためのシンプルさ」というのは、このところ、あちこちで強まっている気がする。これを手にすれば泣ける、これを見れば笑える、などと、提供する側が受け手の感情を規定してくる感じ。昨年、「4回泣けます」というキャッチコピーを振りかざした映画が注目されたが、このキャッチコピーについて、俳優・斎藤工が「これは駄目でしょう。受取手の感情を(しかも回数まで)断定するなんて無礼だなと感じたし、事実私はこれで〝絶対観るもんか〟と決意。この作品のタイトルじゃないけれどコーヒーの前に気持ちが冷めた」(『映画秘宝』2019年3月号)と断じたのは清々しかった。受取手の感情を断定してはいけないはずなのである。
ボソボソに意味が濃縮されている
そんなに絵本をたくさん読むほうでもないのだが、昨年発売された、南海キャンディーズ・山崎静代による絵本『このおに』がとても印象に残っている。2007年にボクシングを始め、日本オリンピック委員会の強化選手に選ばれた山崎は、もうすぐオリンピック出場というところまで急成長を遂げたが、その成長には鬼コーチ・梅津正彦の存在があった。このコーチは2013年に闘病の末に亡くなってしまうのだが、鬼コーチへの恨みと感謝を注いだのがこの絵本である。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。