気の強い男子生徒と一触即発
僕が今の高校に赴任して4年以上が経った。その間、苦楽を分かち合ってきた同期が何人かいる。他愛もないグチを言い合える仲は、貴重だ。中でも、1年目から同じ学年の担任となった英語の先生は、僕がもっとも頼りにする人である。
僕より少し年下だが、教師歴は僕より長い。彼とはさまざまな試行錯誤をともにしてきたし、その「熱」に感化され学ぶことも多かった。
半面、赴任当初からハラハラさせられてもきた。彼は、穏やかそうな見た目とは裏腹に、カッとなりやすい直情径行型なのである!
赴任して1ヶ月も経たない4月下旬、高1担任として引率したオリエンテーション旅行で、さっそく事件は起きた。
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体格のいい、気の強い男子生徒がいた。学年全員で食事をすませ片付けをする中、その子はむすっと立ち上がった。すると、そこで片付けの確認をしていた我が同期に、その生徒の肩がごつんと勢いよくぶつかった。
この場合、ぶつかってきた側が謝るべきだが、男子生徒は何食わぬ顔でその場を去ろうとした。我が同期は生徒を呼びとめ、キッとにらみつけ、面前でスゴんだ。生徒も、引くに引けない。その距離まさに至近、その間わずか5秒ほど。不思議なことに、この一触即発の事態に気づく生徒はいなかった。ともあれ彼は何かを生徒に告げ、その場は収まった。
テーブル数個越しに、ハラハラしながら“家政婦・海老原”は見た。そして、ただ朗らかだと思っていた同僚が、実はケンカっ早いことに気づいた。その後も、遅刻続きの男子生徒を正面から指導し、同じようににらみ合うシーンを何度か目撃した(もちろん手は出さない)。
彼は一本気野郎。僕がしばしば好む(?)柔道的な寝技を受けつけない点で、まぶしい存在だった。
いろんな教師がいてこそ、学校は楽しい。
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こんなこともあった。
高校生ともなると、年に数回行なう避難訓練は、気がゆるみやすい。高1も二度目の訓練のときには、私語が目立った。一本気な彼は、放課後、クラスの生徒を残し、なぜ「つまらない」訓練が大事か切々と述べた。少し前に起きた大震災のこと、迅速に避難すれば救える命が増えること。その上で、今後の訓練に向けた心がまえを全員に書かせた。早く帰りたい、部活に行きたいとの不満の声を封じながら。
ある意味で不器用な彼のやり方は、生意気盛りの高校生からはしばしば鬱陶しがられたし、グチも聞こえるようになった。
先輩教師にも真正面からダメ出し
教師より立場が下の生徒に「だけ」一本気だったら、僕もやんわり彼をたしなめたかもしれない。でも、彼はそんなつまらない教師ではなかった。先輩教師にも、しばしば正攻法で異議を申し立てる男である。
ある英語教師の「手抜き」が目についたときは、「先生、これまで英語の何を教えてきたんですか?!」 彼は大げんかをふっかけ、しばらく教員室のひそひそ話題をさらった。
大したもんだな。僕は率直にそう思った。その教師の無気力な授業は、生徒からも悪評が立っていた。同じ英語教師だからって、真正面からダメ出しできるのは一本気な彼くらいだろう。
彼と僕はよく仕事終わりにメシを食い、お互いのグチを受け止めあった。それでも、2学期半ばを過ぎる頃、彼はさまざまなストレスを抱え、みるみる表情が冴えなくなった。「考えすぎだよ、しかも真っ直ぐすぎる!」 僕は何度も助言したけど、一本気な人間の心を解きほぐすことほど難しいことはない。
その矢先。彼はいよいよ「テロ」を起こした。
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