よりよい人生を生きるために必要な2つの言語化

さまざまなメディアでの発信が注目されている「わざわざ」の平田はる香さん。日々、たくさんの言語化を行なっている平田さんが2種類の言語化、論理的言語化と感情的言語化をご紹介します。言語化にはどのような意義や役割があるのでしょうか。

もはや週一連載ではなく、隔週連載になっておりますが、細々と書いて参りますので、これからもよろしくお願いいたします! 前回は、自分で自分のことを言語化する場合と、他者に言語化される場合の違和感について書きましたが、今回は「言語化」そのものについて考えてみたいと思います。

言語化の種類

言語化には多分、2種類ある。一つ目はとてもわかりやすくて、研究やプレゼンなどの発表に用いる言語化。これを<論理的言語化>と呼んでみることにする。論理的言語化は、誰もが皆、幼い時から学校で繰り返し学んでいく。

国語で基本的な文章の組み立てを学び、読書感想文や作文などで訓練を積む。さらに算数の証明の授業では、命題を論理的に解くことを学んでいく。中学生になれば、英文をきちんとした訳にしたり、英作文を作ったり、海外の言語で文章を作成することを学んでいく。人にわかるようにきちんと論理立てて説明する勉強は、義務教育で粗方教えられていくのだ。

ただ、それを自分の主義主張・研究成果などを伝えるための手段として、学んでいく者は殆どいないかもしれない。大抵はテストのために勉強し、宿題をクリアして、「こなすこと」を中心に仕方なく勉強をする場合が多いだろう。学ぶということが後々の人生に深く影響を及ぼしていくことを、まず始めに教えてあげたい。

この基礎学力がないと、後年に「論理的に伝える」ことができにくくなってしまう。いくら勉強ができても、うまく研究の成果を発表できなければ、何にもならない。論理的に言語化して伝えることは、社会で生きていく中でとても重要なスキルであるといえよう。


感情的言語化

もう一種類はちょいと複雑だ。自分の思っていること、感じていることなどの抽象的な気持ちの部分を言語化する。これを<感情的言語化>と呼ぶことにする。感情的言語化は、論理的言語化より更に低年齢の時から繰り返し鍛錬している。

例えば赤ちゃんが生理的欲求を泣くことで表現したり、体の中でもやもやとした感情を怒りで表明したり、わたし達は幼少期から喜怒哀楽をひたすら体現してきた。だが、子どもの頃には体現すればよかったことも、段々と大人になってくると難しくなってくる。

怒って金切り声をあげたり、うまくいかない時に地団駄を踏んだり、公共の場で大笑いしたり、悲しいからと泣きわめいたり、そんな行動は年齢と共に謹んでいくべきである。ただ、実際は喜怒哀楽の感情がなくなることはない。喜怒哀楽を隠してしまえば能面のような人間になってしまうし、自分の感情を押し殺すことになるので、精神衛生上もよろしくない。感情をただ闇雲にぶつけることなく、どこかで折り合いをつけて表現していく必要性が出てくる。感情的言語化が必要になってくる瞬間である。

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わざわざ平田の思索日記

平田はる香

長野県東御市にある「パンと日用品の店 わざわざ」。山の上の長閑なこの場所に、平田はる香さんは2009年にひとりでお店を開きました。平田さんがnoteで公開した記事「山の上のパン屋に人が集まるわけ」が大いに反響を呼び、独自の経営スタイル...もっと読む

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コメント

koumei4 感情的言語化ってものをもっと繊細に出来るようになりたいと思っていることが分かった。感情的言語化って使っていきたい。 6ヶ月前 replyretweetfavorite

izaken77 仕事でも生活でも考えや感情を言語化する力は本当に大事。 言語化力を鍛えたい。 6ヶ月前 replyretweetfavorite

wazawazapan 論理的と感情的に言語化を分類して、どちらも伝える為に必要なことだとcakesの連載に書いてみた。人生において言語化大事。 6ヶ月前 replyretweetfavorite