九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【マシュマロ】

神の孤独に気づいたわたしは、もうこのマシュマロを食べる必要はないのだ。
――電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!



 恙無(つつがな)い一日あるいはメレンゲにゼラチンを混ぜて冷やしたお菓子



 タイのお土産としてジムトンプソンのシルクパジャマをもらった。それを着て眠った日から熟睡して、起きた時に夢を覚えていなかった。

 半年くらいそんな眠りを享受して、糸を吐いた。糸はまるまって繭になった。繭は軟化してマシュマロになった。そのマシュマロを食べると、思い出せないでいた、深く眠ったときに見た夢が脳に上映された。

 それは誰かの視線だった。誰かの体の中に自分がすっぽりはまってしまったように入っていて、その誰かの皮膚の切れ目から、外を見ている。外は虚無で、時空すらないのだ。ビッグバン寸前の神の視線だった。

 絶対的な孤独を感じた。そして発狂した。その発狂がビッグバンだった。

 己の分身である全ての脳に、神は共感を求めた。または思い出してほしかった。だから、深く眠った脳に、あの時の心象風景を見せている。けれど脳は、深く眠ると忘れるというプログラミングを進化の過程で獲得した。

 我々は、この神の夢を本能のごとくシェアしなければならない。

 だから、深く眠って吐いた糸から出来るマシュマロを食べて、神の夢を人為的にシェアしなければならない。

 神の夢が内蔵されたマシュマロが腐るのを恐れ、わたしは冷凍庫にそれらを保存した。

 神の孤独に気づいたわたしは、もうこのマシュマロを食べる必要はないのだ。

 セカンドハンドの物を売買するサイトで「神の夢」とタグを付けて出品すると、十万円を超えたので売った。

 日曜日、わたしはジムトンプソンのシルクパジャマを着て、羽毛布団に頭まで深く潜り込む。そして蛹のように自分を抱き、まるまる。深い眠りが訪れて、わたしは意識を手放してゆく。



 平和とはふわふわなこと幸せは口に入れるたび溶けて消えること




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新潮社
2019-01-18

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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