立派な階段を上ると、浮世絵が飾られた第10室へ続く扉がある
庶民の文化が生んだ庶民の芸術
東京国立博物館の2階、第10室で浮世絵を鑑賞中。浮世絵に「ふつうの人」を楽しませる仕組みがたくさん入っているのは、浮世絵が、庶民による庶民のための芸術だったからだというお話でしたよね。そういう芸術って、江戸時代以前にはなかったんですか?
「そもそも、江戸時代以前には、庶民の文化自体がなかったんですよ。1603年から250年以上の長きにわたって、太平の世を実現したのが江戸時代。庶民文化は、その太平のなかで初めて発展するんです。国のかたちが安定すると、大都市が形成されるようになって、そこに商人・町民階級が誕生します。彼らを中心として新しい文化が生まれ、その一翼を担っていたのが浮世絵というわけです」
へー、そうなんだ。ってことは、浮世絵は、江戸の平和な世の中の象徴みたいなもの?
「はい。先駆者とされるのは、17世紀前半に活躍した岩佐又兵衛という人物。彼が何をしたかといえば、絵の題材を身近なところから採ったのです。時の権力者や神話・歴史上の出来事、人物といったものを対象にするのではなく、当時の一般の人たちが織りなす風俗を描いた。浮世とは、現世、いまの世の中、といった意で用いられる言葉です。風俗を描いた又兵衛は、文字どおり浮世絵を創始した人物といえます」
そうか。浮世絵ってそういう意味なんですね。なんとなく古い版画のことをいうのかと思ってました。だから版画じゃないと浮世絵とは呼ばないのかと。