一故人

モンキー・パンチと小池一夫(後編)—魅力的なキャラクターが世界を席巻する

モンキー・パンチと小池一夫は、一度だけ共作。以降はそれぞれの道で活躍を続けました。二人が、どのような軌跡を描き、後進に何を残したのかを追います。

モンキー・パンチと小池一夫の唯一の共作

さいとう・たかをのプロダクション(さいとう・プロダクション)の脚本部にシナリオライターとして入社した小池一夫は、2年弱在籍したのち、1970年春に退社する。フリーランスのマンガ原作者としてのデビュー作は、同年7月に少年画報社の『ヤングコミック』で連載開始された国際スパイ物『ノスパイフ戦線』(西郷虹星・やまおか玲次・大山学画)である。『ヤングコミック』では9月より、緒塚敬吾というペンネームで時代劇『御用牙』(神田たけ志画)の連載もスタートさせ、同誌最大のヒット作となった。

これと前後して、『ヤングコミック』を最大のライバル誌とみなしていた双葉社の『週刊漫画アクション』も、さいとう・プロ時代からの小池の才能を見込んで、連載の獲得に乗り出していた。編集長の清水文人は、彼と組む作画者として2人の大スターを用意していた。一人は同誌の看板作家で『ルパン三世』第1部の連載を終えたばかりだったモンキー・パンチであり、もう一人は、本格派の時代劇画家として人気を博していた小島 剛夕 ごうせき だった。このうちモンキー・パンチとは、一作だけ『書記官鳥 SECRETARY BARD』でタッグを組んだ(緒塚敬吾名義)。一方、小島とは初対面で意気投合し、幼い子供を連れた浪人を主人公にした時代劇はどうかと、話し合ううちにどんどん構想がふくらんでいった(大西祥平『小池一夫伝説』)。こうして1970年9月から連載が始まったのが、両者にとって最大のヒット作となる『子連れ狼』である。

じつは小池は『子連れ狼』のアイデアを、この少し前に『ヤングコミック』編集長の桑村誠二郎と初めて会ったときにも話したことがあったらしい。しかし、桑村は小池の話を一通り聞いて「つまらない」と思い、ほかの雑誌に売りこめばいいんじゃないかと伝えた。それというのも、そのアイデアが、小池がさいとう・プロで担当していた時代劇『無用ノ介』の主人公・無用ノ介が子供を連れているようなものに思えたからだという(滝田誠一郎『ビッグコミック創刊物語』)。

結果的に、小池は『ヤングコミック』で『御用牙』を手がけることになる。編集部内では「いまどき時代劇なんてナンセンスだ」と反対が強かったが、桑村の独断でスタートさせたという(前掲書)。『御用牙』は人気でいえば、映画やテレビドラマにもなった『子連れ狼』にはおよばなかったとはいえ、『ヤングコミック』創刊以来最大のヒットとなり、売上が低迷していた同誌を救うことになる。

小池は、『週刊漫画アクション』で『子連れ狼』だけでなく、並行して複数の作品を連載している。1971年春には、『国際軍事法廷』(江波じょうじ画)、『明日への合掌』(横山まさみち画)を同時連載し、さらに同年夏には『高校生無頼控』(芳谷圭児画)が始まり、『子連れ狼』と並ぶ人気を得た。芳谷とのコンビでは、『高校生無頼控』終了後、引き続き『ぶれいボーイ』がスタートする。このうち『高校生無頼控』は、主人公が各地を放浪するという点では『子連れ狼』と共通するが、男子高校生が行く先々で女性をナンパしながら東京をめざすというそのストーリーは、刺客の 拝一刀 おがみいっとう が幼子とともに冥府魔道の修羅をひたすらに突き進む『子連れ狼』とはまったく違った。小池は、硬派に軟派、時代劇に現代劇と、作品の幅を広げながら、劇画の世界に一時代を築いたのである。

しかし、彼は売れっ子となったことで、かえって劇画の世界の人材不足を実感することにもなる。『子連れ狼』や『高校生無頼控』など自作が続々と映画化もされていたころ、彼はこんなことを語っていた。

《劇画の世界にもいっぱいいろんな人が入って来て欲しいんですね。今、単行本にしてベストセラーになって何本も映画化されるというのは私のものだけだといっても過言ではないでしょ、ですけど独りの書くものなんてたかが知れてますよ、今それですね僕がヤキモキしているのは……いろんな所に募集広告出してるんですが。(中略)/僕のものだけが云々されているんじゃあ……いろんな方面のいろんな人に劇画のシナリオを書いてもらって絵かきさんがついてどんどんやってもらえば劇画は拡がっていくんですが……》(『シナリオ』1972年12月号)

ここで口にされた自負とも不安ともつかない思いは、のちに新人育成のための「小池一夫劇画村塾」の創設へとつながっていく。

『ルパン』のアニメはマンガとは別物

作品の幅を広げた小池一夫に対し、モンキー・パンチは『ルパン三世』以外にも作品はあるものの、どちらかといえば『ルパン』のキャラクターや世界観を掘り下げていったといえる。

『ルパン』の世界観を広げる上では、テレビや劇場版のアニメが果たした役割も見逃せない。同作のアニメ化の話は、マンガの連載が始まった翌年、1968年に初めて持ち上がった。このときは劇場用の企画で、モンキー・パンチも原画で参加してパイロットフィルムがつくられたが、結局実現はしなかった。企画がようやく日の目を見たのは、1971年にテレビアニメの第1シリーズがスタートしたときである。

もっとも、彼は最初にアニメ化の話が来たとき、無理だと思ったという。縦横無尽なコマ割りで、話が次々と飛躍していく『ルパン』のスピード感は、アニメでは難しいだろうというのがその理由だ。しかし、できあがったパイロットフィルムを見ると、見事にマンガの雰囲気が生かされていた。これに安心した彼は、「主要キャラであるルパン、次元大介、石川五ェ門、峰不二子、銭形警部の5人の設定だけは変えないでくれ。あとは自由にやっていい」とだけ言って、口を挟まないようにした。

もっとも、お色気シーンもある大人向けの内容は、まだ子供向けとされていたテレビアニメでは早すぎた。PTAなどからクレームがつく一方で、視聴率は伸びなかった。じわじわと人気が出始めたのは、繰り返し再放送されてからである。1977年からはテレビアニメの第2シリーズが始まった。これを機に『ルパン』は、より広い層からファンを得る。1979年には、テレビ版の制作にも参加した宮崎駿の映画初監督作品となる『ルパン三世 カリオストロの城』が公開された。

モンキー・パンチは、宮崎駿のルパンを認めつつも、《宮崎ルパンはやさしくて、逃げる時でも女性を抱いて一緒に逃げる。ボクのルパンは女を放り投げて逃げます(笑)。女性を大事にするって考えがないんですよ》と、はっきり区分している(『増刊週刊大衆』2004年1月27日号)。彼は宮崎作品にかぎらず、アニメの『ルパン』をあくまでマンガとは別の作品と見ていた。

ただ一つだけ、アニメから影響を受けたものがある。それは、ルパンの初代声優である山田康雄の演技だ。マンガの『ルパン』を「山田さんだったらこうかな」と考えながら描いたこともあるという。山田が起用されたのは、アニメの制作会社の演出家がたまたま観に行った舞台で、彼がものすごくルパン的な「ヒュッという動き」をしていたからだった。それもそのはずで、山田はマンガの『ルパン』を読んで、その動きを舞台に取り入れようとしていたのだ。当初、アニメの仕事と聞いて乗り気ではなかった山田だが、作品が『ルパン』と知るや態度が変わったという(『週刊宝島』2001年9月5日号)。

アニメのヒットで、原作者のモンキー・パンチも脚光を浴び、マンガ『新ルパン三世』の連載もスタートした。テレビ局の人に連れられてたまたま入ったバーで、憧れの手塚治虫と初めて会ったのは、このころだ。手塚は「これからマンガを描いていこうと思うんだったら、ルパン三世だけではだめですよ」と助言してくれたという。しかし、このことを双葉社の清水文人に話したところ、「せっかくルパン三世をつくりあげたんだから、それをもっと追求しよう」とまるっきり反対のことを言われた(『レアリタス』Vol.10)。いずれも尊敬する人物の言葉だけに、どちらか正しいのか、彼はのちのちまで悩み続けることになる。

結局、モンキー・パンチはその後も『ルパン』を描き続けた。1996年には自ら初めて監督した劇場アニメ『ルパン三世 DEAD OR ALIVE』も公開されている。後年にいたって清水文人の「ルパンをもっと追求しよう」という言葉に一応は納得するようになったという(『道新TODAY』2001年10月号)。

彼は、《ルパンはどう転んでも良いように出来ている、非常に便利なキャラクターなんですよ。アンパンマンとは違って、子供用にも大人用にも作れる》と語っていた(『ハヤカワ ミステリマガジン』2012年7月号)。事実、『ルパン三世』は、コメディあり人情話ありと、ストーリーのバリエーションも豊富だ。ルパンはそれだけ懐の広いキャラクターだったということだろう。

劇画村塾で多くの後進を育てる

名キャラクターがあってこそ成立した『ルパン三世』は、小池一夫が1977年に「劇画村塾」を創設して以来、繰り返し説いてきた「ストーリーよりも、魅力的なキャラクターをつくることが大事」という持論を証明している。同塾の4期生で、のちに『ドラゴンクエスト』シリーズをヒットさせたゲームクリエイターの堀井雄二は、小池のこの教えに目から鱗が落ちる思いがしたという(『現代』2005年9月号)。

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一故人

近藤正高

ライターの近藤正高さんが、鬼籍に入られた方を取り上げ、その業績、人柄、そして知られざるエピソードなどを綴る連載です。故人の足跡を知る一助として、じっくりお読みいただければ幸いです。

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may_sakamo 【|近藤正高 @donkou |一故人】 https://t.co/59eJcL4lga 後編も面白かった。ネット記事は往々にして出典不明の引用が見られるけ… https://t.co/uerrkyzEgI 6ヶ月前 replyretweetfavorite

donkou ケイクス連載、本日更新分のうち後編です。アニメでルパンを演じた山田康雄は、原作マンガにも影響を与えていたとか。 6ヶ月前 replyretweetfavorite