フレッシュパック製法による缶詰が復活

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、人と人をつなぎ、全国に広がり、洗われ、販売され、工場再建のきっかけとなります。 震災で希望を忘れなかった人と、手と心を差し出した人情商店街の人々がつながった感動の物語です。(バナーの写真:佐藤孝仁)

 工場が復活した2013年は、記念すべき出来事が続いた。鯨で創業した会社であり、鯨大和煮缶詰を自社工場で製造できるメリットは大きかった。他社の工場に製造委託をするOEMの方式は、やはり利益が薄くなる。そして、自社の工場のラインで作れる喜びは、社員全員として、何物にも代えがたかった。

 そして8月、さらなる喜びが続く。それは、フレッシュパック製法による缶詰製造の復活だった。港に揚がってすぐのサバやイワシやサンマなどを、刺身でも食べられる鮮度のまま、熟練のスタッフが手で詰めて仕上げる缶詰作り。添加物は一切使用していない。それは、1998年から、木の屋が厳しい食品業界内の競争に勝ち、生き残るために採用した方法だった。

 震災前の経堂で木の屋のサバ缶メニューが人気だったのも、泥に埋まった缶詰を掘って洗ってまでしてみんなが食べたいと思ったのも、その理由は「フレッシュパックの美味しさ」なのだった。

 工場が再建されてから、よく、経堂の店の人たちと飲み屋のカウンターで、「あの頃、どうして、泥まみれの缶詰をあんなに一生懸命になって洗ったのか?」という話になった。答えは、いつも同じだった。

「美味しかったから!」「あの味が忘れられなかったから」

 フレッシュパック復活の最初は、6月に製造した「真いわし醤油味付け」。8、9月には「さんま醤油味付け」「さんま味噌甘辛煮」。11月になって、真打ち、金華サバが水揚げされるようになり、「金華さば味噌煮」「金華さば水煮」の順番で商品が復活した。

 どの商品も、震災前からのファンと震災後のファン共に、「待ってました!」とばかりに飛びつき、売れ行きも上々だった。

 商品の復活は、経堂の飲食店にも影響を及ぼし、「まことや」のサバ缶ラーメンをはじめとした木の屋メニューを再び食べることができるようになった。

全国の飲食店を元気にする

「木の屋モデル」


 工場が再建され業務が復活すると、嬉しい悩みも生まれてきた。サバの当たり年だった2013年は全体の漁獲量が多く、缶詰製造のために巻き網漁船が水揚げした1艘分を買い上げてしまうため、缶詰もたくさん製造可能となった。だが、缶詰に適さない大きなサバやその他の魚は、別の用途が見つかるまで冷凍庫に保管されることになった。

 製造ラインは完成していたが、まだ冷凍倉庫の容量は少なかった。そのため、油断をすると冷凍庫のリミットが迫るという事態に陥った。そして、年末の忘年会シーズンが近づいた頃、鈴木さんから相談の電話があった。

「経堂で冷凍の金華サバを使ってくれる店はないでしょうか? 実は、今年、缶詰に入り切らない大きなサイズの金華サバがたくさん揚がりまして、鮮度が良好なまま15キロずつ箱に詰めて冷凍しているんです。しかし、冷凍庫の場所を取り過ぎてしまい……。それでどんどん使ってくれるところはないかなと思いまして」

 1ケース15キロの冷凍サバをどんどん使える店というのは、難しい。かなり売り上げのいい店でないと量がさばけないし、解凍して使うのは技術が必要だ。

「なんとかなるとありがたいです」という鈴木さんの言葉を聞きながら、私の頭に浮かんだ店は、経堂農大通りの「らかん茶屋」。経堂で30数年、魚中心の居酒屋だった。ランチタイムは、毎日40~50名。夜は、宴会と常連さんで賑わう人気店。さっそく、大将の春さんに相談すると、二つ返事で、「物が見たいので、じゃあ、2ケースほど送ってください」とのことだった。

 翌週、「らかん茶屋」に行くと、驚いた。もともとノルウェーサバを使った塩焼き、味噌煮などがメニューにあったのは知っていた。が、あらためてメニューを見ると、金華サバメニューが、いきなり充実していたのだ。塩焼き、味噌煮、だけではなく、シメサバ、竜田揚げ、唐揚げポン酢、そして金華サバの柳川は、ドジョウの代わりにサバを使った柳川鍋風だった。そして、1貫150円の金華サバの握りまで。

「すごいですね! 金華サバ尽くしじゃないですか!」

「このサバは旨いよ! まず、ノルウェーに比べて脂が上品。それと、とれたてそのままを瞬間冷凍してるから、鮮度がいい。見て、この身がまだ赤いでしょう? 普通、こんなの冷凍ではあり得ない。これを見ると、木の屋さんというのが、いかに実力のある会社かよくわかるね」とベタボメ。握りに使う切り身は、5時間かけて独自に加工した物。食べると、身が溶けながら舌の上に甘味のある脂が残る。これは金華サバの品質と大将の春さんの腕の合作なのだった。

「らかん茶屋」は、その後、焼きサバ鍋、サバの餡かけなど、どんどん金華サバメニューを増やし、年間2トンも金華サバを使う店になった。


 この時期から経堂が、木の屋メニューの街として、さらなる進化を遂げていく。焼きとん「きはち」は、従来の「金華さば水煮」の野菜和え、鯨カレーうどん以外に、鯨赤身の刺身や鯨の希少部位・鹿の子の炭火焼なども加わった。魚料理の「魚ケン」は、銀鮭中骨缶詰のサラダ以外に、鯨メニューの充実ぶりがすごかった。鯨の刺身4種盛りや赤身ユッケ、鯨の肉じゃが、長須鯨の唐揚げ、鹿の子の握り寿司、鹿の子のすき焼きなどの鯨尽くし。イタリアンの「リゴレッティーノ」は、金華サバのパスタや燻製のクスクス添えなど。ダイニングバー「太田尻家」は、金華サバサンド。昭和の酒場「鳥へい」は、和風仕立てのサバ缶料理。

「ガラムマサラ」は、震災前から大人気のスパイシーな味付けのサバ缶が、「とりあえずサバ缶をください!」と頼まれるようになり、売り上げに貢献した。もともとグルメ雑誌などに取り上げられることの多い人気店だったが、2016年6月の『dancyu』カレー特集には、このサバ缶のメニューが、2ページで特集された。

 リーマンショック以降、大手チェーン店のさらなる増加、広がる経済格差や非正規社員の増加、消費税増税、社会保障費の増加、そして、日本全国で進行する高齢化などによって、商店街の個人飲食店は、よほど観光地化した店以外は苦労を強いられているケースが多い。しかし、この、木の屋の缶詰を使い、売り上げアップする経堂の個人飲食店の方法・経堂モデルは、商店街・個人飲食店の活性化に有効な方法だと私は考えている。それには、以下の3つの理由がある。


 ① 美味である(飲食店向けには業務用卸の対応可)


 ② 賞味期限が長い(缶詰は製造日より3年のため、悪くなって捨てるようなことがない)


 ③ 商品にストーリーがある(震災からの復活ストーリーが顧客を引き寄せ感動させる)


 実は、経堂の縁から木の屋の缶詰を使用する飲食店は全国に増えており、大阪や京都などの関西、広島、北九州、久留米、長崎、さらには、奄美群島の外れに位置する沖永良部島まで広がっている。


「日本百貨店しょくひんかん」に缶詰売場が


 工場が再開されれば、缶詰が製造される。そして、作ったものは売らなければならない。鈴木さんは、相変わらず、自ら売り子となるイベントや催事での販売で全国を飛び回っていたが、さらに東京を中心とした小売店での販売網を広げたかった。

 いち早く木の屋の缶詰を扱ってくれたのは、池袋にある宮城県のアンテナショップ「宮城ふるさとプラザ」で、こちらは、宮城県つながりだった。

「東京の消費者の直接目に触れる場所に、もっと木の屋の缶詰を置きたい」

 そう考えた私が、鯨大和煮缶とイワシの醤油煮缶、銀鮭中骨缶、3種類の木の屋の缶詰サンプルを持って訪ねたのは、東京・御徒町を本店として日本の職人が作る良品を中心に販売する店舗を展開する「日本百貨店」だった。特に、2013年7月、秋葉原にオープンした「日本百貨店しょくひんかん」は、秋葉原の駅前にあり、山手線の高架下180坪に地方の美味を集めた食のテーマパーク。鈴木正晴社長は、日本の職人にインタビューするNHKの番組でお世話になった間柄で、しかも、「さばのゆ」の常連だった。

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この連載について

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蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜

須田泰成

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、...もっと読む

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yasunarisuda 本日更新のcakes(ケイクス) 『蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜』(須田泰成・著/廣済堂出版)は、 そして、木の屋メニューが人気の個人飲食店が賑わう商店街の経堂モデルが缶成します。 https://t.co/240vzmJlFn 6ヶ月前 replyretweetfavorite