22万缶に詰まっていた物……

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、人と人をつなぎ、全国に広がり、洗われ、販売され、工場再建のきっかけとなります。 震災で希望を忘れなかった人と、手と心を差し出した人情商店街の人々がつながった感動の物語です。(バナーの写真:佐藤孝仁)

キャンセル続出のバスツアーで

工場観光地化の前例を

 2013年3月に新工場を建てた木の屋だったが、再開したビジネスに、すぐに順風が吹きはじめたわけではなかった。

「いやー、まいりました」4月の中頃だっただろうか。鈴木さんが電話で、いつになく弱気だったので話を聞いてみると、様々な難題に直面していることがわかった。

「弊社の震災前からのウリの一つが、春になると三陸の海に湧くほど獲れる小女子や、ひげ鯨が食用にする旨味の強いエビに似たオキアミのイサダなんです。大量に獲ったものをBtoBで、食品メーカーの原料になるように一次加工して大量に卸すのですが、震災で2年のブランクが空いてしまったために、小女子佃煮について、以前の取引先が原料の仕入れ先を替えてしまい、取引の復活は難しいと言われまして……」

 工場が再開したというだけでは単純には喜べないとわかり、こちらも気が重くなった。

「何かできることはないか?」と思いついたのが、毎年7月31、8月1日に石巻で行われる「川開き祭り」に合わせて、経堂からバスツアーをするというアイデアだった。

 というのも、建設中から、新工場には見学通路や売店があり、講演やコンサートが可能なホールも併設されると聞いていたため、観光も収入源の一つになればと思っていたからだ。美里町は、地理的にも恵まれている。日本三景の一つとして有名で、国内外の観光客で賑わう松島から車で約20分。松島を訪れる大型観光バスが立ち寄るスポットになれば、ビジネスとして悪くないはずだ。

 私はさっそく、7月31日~8月2日の日程でバスツアーを計画していることをFacebookに投稿した。すると、200を超える「いいね!」が付き、「絶対に行く!」「行きたい!」というコメントがズラリと並び、直接のメッセージも十数本が届いた。いずれも参加を表明する内容だった。ツアーまでは3ヶ月以上ある。これは、必ず成功すると思い、計画を立てた。

 7月31日の朝、経堂を出発。福島の飯坂温泉に宿泊。

 8月1日は、昼食時に石巻入り。石巻−女川の被災地を見て、夕方、石巻市内で、桂吉坊さんの落語会を開催。木の屋の社員さんには無料で落語を楽しんでもらい、木の屋さんオススメのお店で宴会。夜は、石巻の夏のクライマックスである川開き祭りの花火。

 8月2日は、美里町の缶詰工場を見学して東京に戻る。

 2泊3日でゆったりバスの旅。代金は、3万5000円前後に落ち着く予定だった。1日の夜の花火はもちろん、2日の朝も晴れてもらいたかった。なぜなら、工場にバスで乗り込み、ツアー名所にする前例となるメディア向けの絵を作りたかったからだ。

 6月末になると、ツアー名簿の確定のため、Facebookの投稿に「行きます!」とコメントをくれたり、参加表明のメッセージをくれた人たちに確認の連絡を取りはじめた。40名は超えるはずだった。増えた場合は補助椅子を使えば、50名を超えても大丈夫、と考えていたのだが、フタを開けてみると恐ろしいことが起きた。なんと、9割の人がキャンセルを申し出てきたのだ。理由は「仕事の都合がつかない」が大半だった。

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過酷な震災にも希望を忘れなかった人々と、手と心を差し出した人情商店街の感動の物語

この連載について

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蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜

須田泰成

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、...もっと読む

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