変えられないものを変えたいと思いながら生きる—宮台真司×東浩紀 【後編】

『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』を制作した思想家の東浩紀さんが、原発問題に関心をよせ、積極的な発言を続ける社会学者・宮台真司さんを迎えて、震災後の未来について語り合いました。後編は、「社会はイイトコドリができない」と語る宮台さんが、「脱原発」を実現するのに避けては通れない現実に深く切り込みます。「脱原発」には「対米自立」が不可欠で、「対米自立」には「アジア外交の積み重ね」が不可欠、しかしその積み重ねがこの日本にはない。私たちは「なかなか変えられないものを、こんどこそは変えたいと思いながらも、それでもやっぱり変わらない」現実をどう生きるべきなのか——cakesでは前中後編を無料公開です。
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原発事故をめぐる政治的な物語

宮台真司(以下、宮台) 実を言うと、僕は、この『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』のゲラを、今知りたいことの答えが書いてあるんじゃないかと思って、とても真剣に読んだところがあって……

東浩紀(以下、東) あって……?

宮台 ……実際に、とてもたくさんのヒントを得られました。

  よかった!(笑)

宮台 知りたかったことを簡単に言えば、「『なかなか変えられないものを、こんどこそは変えたいと思いながらも、それでもやっぱり変わらない』という前提の上で、人はどうやって生きていくか」ということです。この前提はウクライナと日本で共通していると僕は考えます。ぶっちゃけ、ウクライナと日本は「脱原発ができない」という条件を、共通して外から規定されています。

  どういうことですか。

宮台 ウクライナはチェルノブイリの事故の後も、原発を止めていませんよね。4号機は爆発したけれど、1・2・3号機は2000年頃まで動かし続けていた。これには政治的背景があって、ウクライナがソビエト連邦に依存しない立国を目指していたことが、大きく影響しています。まさしく、エネルギー自治のためにこそ、原子力に頼らざるをえなかったんです。

 日本でも、僕自身を含めて脱原発の方は多数いるものの、政治的背景に無頓着で、原発政策の最大要因である日米関係を念頭に置かない人が多過ぎます。政権末期の民主党が2030年の原発稼働ゼロを目指すシナリオを打ち出そうとした閣議決定の場で、経産省と外務省の役人から「アメリカの強い意向」が伝えられた途端、「原発ゼロシナリオ」が一瞬で頓挫したのが象徴的です。

 いわく「核兵器非保有国でただ一国、アメリカの意志で日本が再処理の権利を認められていることの意味が分かっているのか、とアメリカ政府が念押ししてきました」ってね。翻って、戦後の日米関係史で原発がどう扱われてきたかを見れば、アメリカを無視して日本の一存で原発を止められないのは自明です。脱原発を完遂するには日米関係を変えなきゃダメ。

 日米関係を変えて、軽武装対米依存から重武装対米中立に向かうには、アジア外交の積み重ねによる信頼醸成を通じて、重武装中立化に不可欠な憲法改正が、国益を毀損しないようにしなきゃいけません。それをなおざりにしたまま、石原慎太郎のように「Noと言える日本」とホザくのは爆笑もの。日中間が緊張すれば、対米依存の度合いが自動的に上がる道理なのにねえ。

 その意味で、「社会はイイトコドリができない」んです。「脱原発」には「対米自立」が不可欠で、「対米自立」には「アジア外交の積み重ね」が不可欠です。でもその積み重ねがない。日米関係のあり方を変える構想抜きには脱原発はあり得ず、逆に、原発があるうちは技術的にも事故処理面でも対米依存から抜けられません。そのことが3.11のフクイチ事故でよく分かりました。

 日米関係を変えられないあいだは、原発と共存するしかありません。そして実際、日米関係を変えようという議論がほとんどありません。であれば、「なかなか変えられないものを、こんどこそは変えたいと思いながらも、それでもやっぱり変わらない」状況にあるわけで、そんな状況にどう耐えるのかが問われているという意味では、ウクライナも日本もよく似ているんですよ。

  今回いろいろ調べていておもしろいなあと思ったのが、チェルノブイリ原子力発電所の正式名称です。正式名称は「V.I.レーニン記念原子力発電所」。これはたいへん重要なことで、レーニンの名前を冠した原発は、ソ連のなかにこことレーニングラードの2つしかなかった。つまりチェルノブイリ原発は、ソ連が威信をかけて作った重要な原発だったんですね。

 僕たちはキエフからチェルノブイリへ北上していったんですが、その辺りにあるのは白樺の林と沼地だけ。村が点々としている程度で、貧しい地域です。そこに突如、チェルノブイリ原発作業員の居住地として作られた、プリピャチという街が現れる。今でこそ古びた団地群ですが、1970年の建設当時は最先端の住宅だったはずです。「文化宮殿」と呼ばれる立派な文化スポーツ施設もあった。北ウクライナの貧しい地域に忽然と現れた文明の拠点だったわけですよね。だからそこには国家の威信もかかっているし、人々もそこで働くのが誇りだったわけです。

宮台 なるほど。僕は以前、東京電力がお金を出していた建築コンペの審査員長を3年間やっていて、そのとき東電の窓口だったのが今の東電社長の廣瀬直己さんです。だから“認知的整合性”という点では東電をかばいたい気持ちがないわけではないんだけど(笑)、僕なりに自意識のストーリーを選択し直して、東電を徹底批判する立場を貫徹しつづけてきたわけです。

 その意味でも、プリピャチの方々が、原発事故を、どういうふうに自意識へと認知的整合的に落とし込んでいったのかっていうことに、興味があります。

東  そう、これは東電の問題と似ているんです。福島第一原発にしても、あれは日本の原子力発電の歴史のなかで、最初期の重要な原発ですよね。つまり、ソ連でも日本でもそうなんだけど、田舎にあるどうでもいい原発が事故を起こしたわけじゃない。もっとも重要だと思われていた原発こそが、事故を起こしてしまった。

 まだ十分に分析できていませんが、おそらくチェルノブイリ原発事故の背景には、原発が重要だったからこそ無理な実験をして事故を起こした、ということがあるのではないかと思います。福島でもおそらくは、原発が重要だったからこそ廃炉にできなくて、古いまま動かし続けてしまったという背景があるのではないか。

宮台 国の威信を過剰に引き受けるというか、気負っているというか……。幕末に京都守護役を引き受けて会津戦争で討伐されたり、西南戦争で抜刀隊による薩摩討伐を引き受けたりと、賊軍・会津藩とその周辺には奇妙なクセがあります。「どこよりも日本を背負っているのに、なぜか周辺化されること」です。フクイチの事故でも「どこよりも日本を背負っているのに、なぜか周辺化されること」になりました。

 会津出身者たちに尋ねると、多くがそのことを意識しています。その事実がまさに、「問題をいかにして自分たちの集合的アイデンティティに結びつけるのか」という課題を指し示します。沖縄の基地問題にも通じるけど、 “NIMBY (Not In My Back Yard=自分の裏庭には来ないで)”つまり迷惑施設問題を抱える場所の共通課題なので、僕たちはそのことに倫理的関心を持つべきなんですよ。

 

事故後のアイデンティティの行方

  ところで、さきほど宮台さんは重要なことをおっしゃいました。「原発事故をどう認知的整合的に落とし込んでいくか」との話ですが、それは、ぶっちゃけて言えば、こんな事故を起こしたにもかかわらず脱原発できない日本、そのなかで自分たちのアイデンティティをどうやって確立していくかという問題だと捉えていいでしょうか。

 いや、別にここで「脱原発をあきらめたんですか?」と問いたいわけではないんです。でも実際、来年にはいよいよ再稼働も始まる。

宮台 いやいや(苦笑)、東さんも人が悪いなあ。僕は、日本は「キチガイに刃物」だから脱原発した方がいいと思い続けているし、極東が緊張した状況では日本の対米交渉力がないのでTPPもやめた方がいいと思っていますよ。でも、逆の立場の人たちからずっと「日米関係を変えられない以上、NOはありえないっていうことがお前にはわからないのか」って言われ続けてきました。

 だったら言わせてもらう。「わかってるぜ!そんなことは」。だからこそ、日米関係の依存体質から離脱するために、「周辺アジア諸国の感情的回復を前提にした、憲法改正と重武装中立化」を、昔から主張し続けてきたんじゃないか。むろん「自立」の価値を称揚するからってこともあるけれど、最大の問題は、対米依存体質を変えない限りは変えられない国内政策が数多あるということなんです。

東  同感です。

宮台 繰り返すと、日米関係を変えられないのなら、原発は、減ったとしても、必ずそれなりの数が残ります。原発が残るのなら、「あれだけの原発災害を被りながら、原発と共に生きていくということ」について、技術的かつ社会的な安全面だけでなく、「巨大な原発災害を経験したのに、原発をやめたくてもやめられない我々」についての集合的アイデンティティーという問題が、必ず浮上してきます。

 原発住民投票運動で経験しましたが、集合的アイデンティティーはもう壊れているんです。実際、ヨーロッパの方々と話すと、日本人であるだけで恥ずかしい思いをします。集合的アイデンティティーを回復しながら原発と共存することなんてできるのか。僕はムリだと思ってきましたが、東さんがチェルノブイリのダークツーリズムを教えて下さってから、それだけが唯一の道かもしれないと思うようになりました。

 僕の言葉では、日本社会を生きることは、「ウソ社会」をとおり越して「クソ社会」を生きることを意味するものになりました。それが「毀損された集合的アイデンティティー」で、これを放置したら、どのみち「クソ社会」だから関心を持つだけムダという話になり、〈空気に縛られる作法〉ならざる〈合理を尊重する作法〉に従った、〈任せてブー埀れる作法〉ならざる〈引き受けて考える作法〉の貫徹は、ありえません。

  チェルノブイリに行く前はあまり考えていなかったんですが、ロシアとウクライナ、アメリカと日本の関係を考えると、それぞれ実はかなり似た状況があるんですよね。こんな大きな事故を起こしたにもかかわらず、そう簡単には脱原発ができない。だとすれば、人類が原子力を手放す気がない以上、20年後、30年後に3番目、4番目の事故が起こる可能性は十分にある。このことは念頭に置かなければいけない。だから、福島第一原発事故を記憶するのは決して後世の日本のためだけではない。次に事故が起こるかもしれないどこかの国のためでもあるんです。

 

(構成:宇野浩志、 撮影:佐藤真美(ゲンロン)、 6月22日 ゲンロンカフェにて)

 

 

深まる対談はまだまだ終わりません。続きは、9月初旬刊行予定のゲンロン友の会 会報誌『ゲンロン通信』に一挙掲載! 特集は「チェルノブイリからフクシマへ」。ぜひお確かめください。

 

1986年に起きたレベル7の原発事故から四半世紀余り。
チェルノブイリの「現在」から、日本の「未来」を導きだす必読の一冊です。

観光学者・井出明さんのインタビューなどが読める思想地図β4広報ブログ
続くβ4-2の大本となるプロジェクト「福島第一原発観光地化計画も要チェック!

チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1 チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1
東 浩紀,津田 大介,開沼 博,速水 健朗,井出 明,新津保 建秀

 

 

ケイクス

この連載について

初回を読む
欲望される現実へ—チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド発刊記念対談

宮台真司 /東浩紀

いまチェルノブイリの原発事故跡地に、年間1万人を超える観光客が訪れているのをご存知でしょうか。「事故収拾の目処もつかない福島が、いかに復興しうるのか?」。思想家の東浩紀さんらは、その手がかりを求めてチェルノブイリを訪れ、『チェルノブイ...もっと読む

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コメント

cha20u06 3年前か…。: 宮台「(日米関係を 1年以上前 replyretweetfavorite

riken_komatsu 未だにたまに何度も読み返してんだけどこれ3年半近く前の記事なのか… 1年以上前 replyretweetfavorite

akihik0810 #:宮台真司 1年以上前 replyretweetfavorite

riffraff_n 宮台真司 "知りたかったことを簡単に言えば、「『なかなか変えられないものを、こんどこそは変えたいと思いながらも、それでもやっぱり変わらない』という前提の上で、人はどうやって生きていくか」ということです。" https://t.co/HvrdO4R5mR 1年以上前 replyretweetfavorite