欲望によって記憶は受け継がれる—宮台真司×東浩紀 【中編】

『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』を制作した思想家の東浩紀さんが、原発問題に関心をよせ、積極的な発言を続ける社会学者・宮台真司さんを迎えて、震災後の未来について語り合いました。安全と危険、反原発と原発推進、単純な二項対立には収まりきらない現実とどのように向き合っていくべきなのか。悲劇的な現実を欲望の対象に転化することが、記憶の継承につながるはず——cakesでは前中後編を無料公開します。 東浩紀さんの人気連載エッセイ『検索ワードを探す旅』もあわせてお楽しみください。

オープンにすることで生まれるコミュニケーションの可能性

東浩紀(以下、東) 僕が「福島第一原発観光地化計画」を提示したときからよく聞かれるのが、「反原発か、原発推進なのかどっちのプランなんだ」ということ。でも僕はわりと初期から、このプロジェクトは中立であって、観光地化それそのものは反原発か原発推進かの選択とは関係がないと考えていました。その考えの正しさが、今回の取材で示されたと思っています。

宮台真司(以下、宮台) このチェルノブイリのツアーには多様な立場の人がファシリテイターとして関わっていて、ツアーそのものも参加者の立場や目的がオープンです。原発事故は多様な面があって、特定のパッケージだけに当てはめてるのは難しい。その点、「情報を評価する視座を徹底的にオープンにすることで生まれるコミュニケーションから、見逃された可能性を見い出そう」というところが、建設的で印象的でした。

  ツーリズムの何が大事かというと、それは絶対的な情報公開でもあるからです。チェルノブイリについて、大事なのは単純に “行ってみること” なんですよね。

 オーラルヒストリーの継承を考えたとき、たとえば最近はデジタルアーカイブという考え方があります。震災や原発事故で被害を受けた方々にカメラを向けて話を聞き、録画した映像をタグ付けして検索できるようにしましょうと。僕はそれを否定しません。いいことだと思います。ただ、本当に人がしゃべりたいのって、カメラの前でないことも事実です。

宮台 そう思います。僕は沖縄の基地問題や風俗について取材してきたけれど、あんなふうに外側からの視線に絶えずさらされてきた場所では、当事者の多くが、世の認識と実態とがズレていると感じています。「俺たちのリアリティがわかっていない」ってね。そういう場所に、実態を知らない外の人たちが観光に来てくれるんだから、それこそ話したいことだらけでしょうねえ。

  まさにおっしゃるとおりです。みなさんもウクライナに行ったら、ぜひプリピャチ・ドット・コムのオフィスを訪ねてほしいですね。そこでツアーを頼むと、シロタさんが自信満々に「僕のツアーはお手軽なツアーとは違う。教育的な効果を狙ってうんぬん……」と語りだすはず。でも、実際にプリピャチの街を回ったときに彼が何の話をしたかっていうと、「ここが僕の母親が勤めていた劇場の楽屋で」とか「僕、あの箱の中で隠れて遊んだことがあるんだ」とか、そういう話ばかり。最初に想像したような、ガイガーカウンターを持ってホットスポットを案内してくれるようなことは、ほとんどなかった。

宮台 えっ、なかったんですか(笑)。

単純化を避けるためのディテール

  ええ(笑)。でもそれでいいんですよ。シロタさんってお母さまが大好きで、最初、彼に会ったときにお母さまの昔の写真や動画を延々と見せられたんです。彼いわく、「母は有名な俳優で詩人だった。僕は母の意志を継いでプリピャチのガイドをやってるんだ」と。そう言われると、当然「お母さんはチェルノブイリの事故で亡くなられたんだな」って思うじゃないですか。

宮台 その流れだと、当然そう思いますよね。

  そうでしょう? ところがツアーの最後に「これが僕の母親のFacebookページなんだけど」って言われて。「え、Facebookやってるんですか? というより、お母さん生きてるんですか!?」みたいなオチがついて(一同笑)。それまでずっと神妙にお母さんの話を聞いていたのは、なんだったんだ! と。

宮台 あはは。ただ大好きな母親の話をしていただけ(笑)。とすると、彼の反原発イデオロギーも母親の影響かもしれませんね。それはそれでツアー参加者にとって社会観察の大切なデータです(笑)。

  そうなんです。そういう周辺情報はとても大事なんですね。そういう人間くさいことを知ることで、「被災者」「NPP主催者」「後遺症」といったステレオタイプがちょっとずれてくる。あと、シロタさんと2日一緒にいて思ったのは、彼はプリピャチや自分の母親のことをだれかに話したくてしかたがないんです。だから話すためにツアーをする。そしてそれはとても貴重なことです。

 観光地化というと「被災者の気持ちを考えていないのか」という批判を受けやすいんですけど、そうじゃないとらえ方もあるんじゃないかと。被災者の方々が自分の体験を語り継ぐときに、ジャーナリストや研究者のカメラだけでなく、観光客が目のまえにいるというのはとても大事なのではないか。「俺、この家に住んでたんだ」「この海水浴場で遊んだんだ」という等身大の話ができるわけです。

宮台 先ほどの教会の集まりは、世田谷区民が小口を出資し合い、カトリック世田谷教会にソーラーパネルをつけて、売電して教会のチャリティ活動などに寄付する活動についてのものです。発電用モニターの前に集まってワイワイガヤガヤやってきました。それで思い出したのは、もともと新しいテクノロジーはいつも共同体のコミュニケーションのネタだったことです。

 もちろん黒船や蒸気機関車にまでさかのぼれるけど、僕が思い出したのは、1950年代前半老若男女が街頭テレビに群がってプロレス中継に歓声をあげていたこと。もっとさかのぼれば、焚火を囲んで話をするところにまで行くんじゃないかな。ところが昨今、原発が最たるものだけれど、テクノロジーが原因でかえって分断されがちです。

 これは自然過程じゃなく、統治権力や電力会社が、立地を補助金漬けにすることで故意に持ち込む分断です。自分たちに都合がいいガバナンスを貫徹するためです。それに抗わないと、彼らの思う壺です。その意味で、原発事故の話をして「立場が違っても事故について話せるわれわれ」を確認することは、人類のトラディションへの復帰です。

  重要なのは、「チェルノブイリは安全なの? 危険なの?」とか、「チェルノブイリって復興してるの? それとも今でも廃炉中なの?」みたいな、単純な二項対立だけではないディテールを積み重ねていくことだと思います。現地へ行くと、原発作業員も陽気にラジオを聴いていたり、鼻歌を歌いながら現場に向かっていたりする。報道だと、そういう部分は全体の物語に合いにくいので削除されてしまうんですね。でも現実というのはそんなにわかりやすい話じゃないんです。

 この本に収録したセルゲイ・ミールヌイさんのインタビューの最後がとてもよくて、「ぼくはチェルノブイリを舞台にした小説を書いてハリウッドで当てて、それでカナリア諸島で若い女の子と余生を過ごしたいんだよね」と言って終わる。まあ、ある意味冗談なんですけど、彼は過去に来日した際、本当にテレビ局に企画を売り込みまくっていたというから、きっと半分は本気なんですよね(笑)。こういう側面を削り取ってしまうと、ステレオタイプな理解しかできなくなってしまうように思います。

笑いに転化することで前進する

宮台 インタビューを読んで印象的だったことがあります。おそらくミールヌイさんって、自分のストーリーをわざとパッケージ化しているんですね。最初は互いに矛盾する複数の意識や、生きる妨げになるトラウマもあったでしょうけれど、やがて「自分はこういうパッケージの中で生きていく」と再帰的に決断したんでしょう。実は、僕たちはそうした “スクリプト” や “ストーリー” を作らないと前に進めない存在です。

  チェルノブイリは原発事故については27年も経っていることが大きい。でもやはり人間というのは、自分が受けたトラウマや傷をある種の笑いに転化することで先に進んでいくんですよね。

 僕が “楽しさ” や “笑い” に関心があるのは、それが “欲望” だからなんです。福島第一原発事故を記録するとして、いろんな人たちの証言映像が1000時間、10000時間とアーカイブされたところで、誰がそれを観たいと思うのか? どこかに博物館を建てて、厳粛な雰囲気のもと科学的で客観的でデータを並べたところで、それを観に行く人っていうのは誰なんだ? という問題です。まして、それが近くの街からバスで1時間かかるような地方にあったとしたら、引率された修学旅行生が1時間だけざっと見渡して帰るような施設にしかなりようがない。それではだめなんです。人を情報に触れさせるには、場所自体を欲望させる必要があると思います。

宮台 二度と同じような原発災害を起こさないための知恵の集約が必要なことはもちろんだけれども、そのためにも、実は「そこで生きること」への動機付けこそが必要不可欠ですからね。

  まだ未完成ですが、いま僕たちが「福島第一原発観光地化計画」で考えているのは、博物館の隣にスーパー銭湯などの娯楽施設があるようなイメージです。福島県いわき市には「スパリゾートハワイアンズ」という施設がありますが、あそこは元炭鉱を観光産業に転換して成功した施設です。そういうモデルを導入したい。

 カギカッコつきの「フクシマ」を欲望の対象に転化することができなければ、福島第一原発事故の記憶は本当の意味では受け継がれていくことがない。そういう視点が、今の日本には必要だと思います。

(構成:宇野浩志、 撮影:佐藤真美(ゲンロン)、 6月22日 ゲンロンカフェにて)

 

1986年に起きたレベル7の原発事故から四半世紀余り。
チェルノブイリの「現在」から、日本の「未来」を導きだす必読の一冊です。

観光学者・井出明さんのインタビューなどが読める思想地図β4広報ブログ
続くβ4-2の大本となるプロジェクト「福島第一原発観光地化計画も要チェック!

チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1 チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1
東 浩紀,津田 大介,開沼 博,速水 健朗,井出 明,新津保 建秀

 

 

ケイクス

この連載について

初回を読む
欲望される現実へ—チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド発刊記念対談

宮台真司 /東浩紀

いまチェルノブイリの原発事故跡地に、年間1万人を超える観光客が訪れているのをご存知でしょうか。「事故収拾の目処もつかない福島が、いかに復興しうるのか?」。思想家の東浩紀さんらは、その手がかりを求めてチェルノブイリを訪れ、『チェルノブイ...もっと読む

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miyadai_bot 【人民操作】昨今、共同体のコミュニケーションはテクノロジーが原因でかえって分断されがちです。これは統治権力や企業が故意に持ち込む分断です。自分たちに都合がいいガバナンスを貫徹するためです。それに抗わないと、彼らの思う壺です。 https://t.co/YaRxktLLrp 5ヶ月前 replyretweetfavorite

miyadai_bot 【人民操作】昨今、共同体のコミュニケーションはテクノロジーが原因でかえって分断されがちです。これは統治権力や企業が故意に持ち込む分断です。自分たちに都合がいいガバナンスを貫徹するためです。それに抗わないと、彼らの思う壺です。 https://t.co/YaRxktLLrp 12ヶ月前 replyretweetfavorite

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miyadai_bot 【人民操作】昨今、共同体のコミュニケーションはテクノロジーが原因でかえって分断されがちです。これは統治権力や企業が故意に持ち込む分断です。自分たちに都合がいいガバナンスを貫徹するためです。それに抗わないと、彼らの思う壺です。 https://t.co/YaRxktuazR 約2年前 replyretweetfavorite