薄く白い昼間の月を焼き上げたゴーフルは儚く割れて香る
夏目漱石の『夢十夜』の朗読CDを買った。
早速聞くと第一夜は、女のセリフだけ女優が演じていて、他の声は男性の元アナウンサーだった。その女優は最近亡くなった。死因は公表されなかった。
「死んだら、埋めて下さい」
そこで涙が出た。
その女優の大ファンでもなかったのに。
女優はゴーフルのCMに出ていた。
テレビ画面では女優の笑顔の周りでゴーフルがくるくる回っていた。
彼女の訃報が出たとたんCMは流れなくなった。
追悼するような気分で初めてそのゴーフルを買った。
食べるとこめかみ辺りで「死んだら、埋めて下さい」と声がする。死んだ女優の声だ。噛むのをやめると声はやむ。また噛み出すと「死んだら、埋めて下さい」と声がする。気のせいかと思い直してゴーフルを噛まずに舌を上顎につけて溶かすようにして食べた。すると女優の声はしなかった。
何か言付けられているのかと考えた。
そんな思いでまたゴーフルを食べる。やはりこめかみ辺りから「死んだら、埋めて下さい」と聞こえる。
雲のない、真円の月光が眩しすぎる真夜中、わたしは彼女の墓の後ろの土にゴーフルを埋める。彼女がCDで訴えていたように、大きな真珠貝で穴を掘って。天から落ちてくる星の欠片を墓標に置いて。そうして、墓の傍で待っていた。自分の意志というより、磁場のような下からの力に押し留められて動けなかった。
日が出て、日が沈み、日が出て、また沈んだ。
次に月が真円になった真夜中、ゴーフルを埋めた場所からCDが生えてきて、その銀色は光速で月に達した。
銀色の軌跡はトンネルになり、中を女優の歌声が、楽しげに行ったり来たりし始めた。
明け方の金星は緞帳の鋲取れると劇は終演になる
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