アリェイラの故郷、山羊との遭遇、満席ステーキハウス

「ポルトガル食堂」の連載でもお馴染みの馬田草織さんの最新刊『ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅』を今週から特別公開。今回は、山あいの村の人気レストランや自然豊かな国定公園へ!

2章 トラズ・オズ・モンテス ミランデーラ

アリェイラの故郷

 そういえば、腸詰の作り方は聞いたがまだ食べていない。アヤ達も通うというレストランが、アリェイラで有名なミランデーラ村にあると聞き、連れて行ってもらった。

 ディナーにはまだ早い8時頃、車を止めて『タベルナ・ド・ラルゴ』の扉を開くと、静かな店内には整えられたテーブルが数卓並び、飾り棚には使い込まれた皿や道具、鍋やピッチャーなどが飾られ、家庭的で簡素だが趣味がいい。すぐに男性が来て、席を案内してくれた。

「今日はこのあと団体客が大勢で来るので、先に注文を伺いますね」  店主おすすめの、豚肉とアリェイラのグリル、付け合わせはグレロッシュという菜花のオイル蒸しをお願いする。待っている間に、できたら厨房をのぞかせて欲しいと尋ねると、

「どうぞどうぞ、料理は妻が作っていますので」と案内してくれた。

 シンプルで清潔な厨房では、女性が一人で料理をしていた。まるまるとした鶏のグリルはこんがりと焼き上がった様子。調理場の上には、いい飴色に仕込まれたアリェイラが何本も下がっている。私がこのあと食事でいただくのは、きっとあの中のどれかだ。

 聞けば、シェフのマリア・フェルナンダは、9歳の頃から料理を始めて50年以上経つという。村で人気のレストランで母親が料理を作る姿を見て育ち、自分も自然とこの仕事を選んだ。「料理って面白いから飽きないの」と話すマリアは、話しながら決して手を止めない。

「うちはこの近くで鶏や豚を育てたり、畑で野菜も育ててるの。オリーブの木もあって、オイルも自家製。大抵の食材が自分達で手掛けたものよ。だから自信があるの」

 難しいテクニックよりいい素材ということだ。食材自体に力があれば、料理は自ずと調味も調理もシンプルになる。マリアにこの土地ならではの料理の特徴を聞くと、

「基本は塩、コショウ、オリーブオイル、ニンニク、ワイン。料理によってアクセントにオレンジやレモン、ワインヴィネガー、唐辛子のピリピリやコロラウ、クミンなんかも使うけど、いずれにしても、素材の味を引き出すためのスパイスだから控えめよ」 と私達の肉を焼きながら教えてくれた。焼いてるそばから漂ってくる肉の香りがたまらない。

 席に戻り、マリアが作ってくれた料理をみんなでいただいた。こんがりグリルしたアリェイラは、保存のための腸詰というよりも、一つの完成した料理のように思えた。

モン・ディン・デ・バスト

山羊との遭遇

 アヤの家族と過ごす最終日。アウトドア派のアヤとアレシャンドレが、食べてばっかりじゃもったいないと、ヴィラ・レアルからすぐ北に広がるアルヴァオン国定自然公園に連れて行ってくれた。きっと独りなら絶対に訪れなかったであろう自然公園。確かに、食べ物ばかり追いかけているのも考えものだ。そしてここが、大変に素晴らしい場所だった。

 車でアルヴァオン山をぐんぐん登ると、やがてフィスガス・デ・エルメロという景勝地に着いた。背後には250メートルの落差があるという滝が流れているが、驚くのは滝じゃない、この全体の有りようだ。  一体全体、なんでこんなことになったんだというほどに、地球の一部がむき出しになったような場所だった。山肌が削られ、崖が切り立ち、岩肌があらわになって壮絶な落差があちこちに存在する。公園というよりは、地質学の見本市のよう。素人でも、この起伏の激しさは、きっとの地球の活動がもたらした何かだと想像する。案内板を読むと、やっぱりだ。

 〝古代パンゲア大陸〟だの〝5億年前〟だの〝古代大陸のタイタニッククラッシュだの、はるか時空を超えた壮大な説明が書いてある。知識ゼロの私には、ほとんどS Fだ。

 この壮大な景色をどう楽しめばいいのか。躊躇して立ち止まっていたら、上の方から突然、白や茶や黒の元気な山羊の群れがどっと下りてきた。S Fの舞台に山羊が出現し、まずます混乱する。こんなに傾斜のある歩きにくい場所なのに、山羊は飄々と進む。そして草の生えている場所を見つけるとおもむろにかがみ、むしゃむしゃ食べ始める。と思ったら、その様子を見ようと今度はアレシャンドレとハルが、山羊を追って一緒に軽々と降りていく。後からアヤも。みんな圧倒的に逞しい。それに引き換え固まっている私の軟弱なこと。インドア派には眩しすぎる。慌ててよろめきながら後を追う。

 間もなく、群れから少し離れて山羊飼いの男の子が歩いてきた。ここから近い村に住んでいて、この辺りはいつも山羊を散歩させるルートらしい。毎日こんなに雄大な自然を相手に逞しく育つ人は、将来どんな思考の持ち主になるのだろう。物事の考え方の土台が、きっとまったく違う気がする。  車に戻ってしばらくは、さっき見たものが余りに非日常で、なかなか興奮が冷めなかった。

満席ステーキハウス

 壮大な自然の有様にびっくりしたら、急にお腹が空いてきた。

「こっちに来たら、やっぱりあそこであの肉を食べないとだよね」 「そうだね、やっぱりあそこは外せないよね。もうそろそろ空く頃じゃないかな」

 この一帯で遊んだら、アヤ達行きつけのあの店に行くのはお決まりコースらしい。噂のあそこのあの肉を想像して、さらにお腹が空く。

 店の近くに車を停めると、午後2時を過ぎていた。混雑のピークは過ぎたはず、と思って『アデガ・セッテ・コンデス』の扉を開けると、まだまだ店は人でパンパンだ。外で待っている人もいる。もしかしてランチは無理かも。そんなの嫌だ、入れて欲しい。お願いです。

「ちょっと待ってて、交渉してくるから」

 アレシャンドレとアヤが店の人と話をして、ラストの時間が過ぎても入れてくれることになった。有難い。しばらく散歩して店に戻ると、タイミングよくテーブルが空いた。

「ここの名物はマロネーザ牛っていうEUお墨付きの地方銘柄牛なの。とにかく食べてみて」

 味にうるさい、しかも肉好きなアヤがいいというなら間違いない。席に着いてオーダーを済ませたらほっとした。ちょっと2階のトイレへ。

 階段を上ると、下の階の5倍ぐらいの広さと人の多さに驚いた。満席のテーブルがいくつも並び、食べたり喋ったりで大賑わいだ。あんまり楽しそうなので、ジェスチャーで撮らせてと伝えつつカメラを向けると、みなさんことのほかご機嫌でノリがいい。早速話しかけられる。

「どこから来たの?」「日本? 私日本人の友達いるのよ」「何日間ポルトガルにいるの?」「おいしい店を教えるから、携帯貸して」「キミ小っちゃくて可愛いね(ちなみに私は152センチ)、仲間に2メートルの大男がいるから、ほら二人で並んでよ、写真撮ってあげる」

 質問されたりいじられたり、写真撮ったり撮り合ったり。聞けばみなさん、地方のおいしいものを目当てにツーリングするライダー達だそう。バイクで走っている間は無口な分、休憩するときは話に花が咲くのだろうか。あれ、そういえばライダー達、ワイン飲んでる! いろいろ驚いていると、最初に声をかけてくれた男性が握手しに来てくれた。

「どうしてこの店を選んだの? あ、友達が連れてきてくれたのか、大正解だよ。なんたってポルトガルで一番素晴らしい牛肉を出す店だから。旅、楽しんでね!」

 2階から降りてくるのにあまりに時間がかかったので、娘が不思議そうにしていた。

 間もなく、前菜に頼んだパタニシュカシュ・デ・バカリャウ(干し鱈とタマネギ、イタリアンパセリのかき揚げ)とミーガシュ(トウモロコシのパン・ブロアを細かくほぐしたものに、茹でた豆、茹でたグレロシュ、ニンニク、オリーブオイル、塩などを加え混ぜたもの)がやってきた。夢中でいただく。ほどなく主役のマロネーザ牛が、サービスの女性とともにやってきた。腰や背中など、おすすめの部位が焼き上げられている。食べやすく切り分けると、断面の見事な赤桃色が見えた。赤身好きには身もだえする眺めだ。そして肉の周りには、茹でてパンチを入れた、ポルトガル名物のゲンコツジャガイモが並んでいる。この店のイモは、ニンニク風味ではなく軽い塩味。別添えで白いごはんもたっぷりとやってきた。もう、言うことなしだ。みんな一斉に肉にかぶりついた。子供達は食べ始めたら一切喋らない。集中の仕方が、オリーブ林で遊んでいた時とよく似ている。

 いつも思うのだが、幼い子供の食事は最初の10秒で勝負が決まる。

 食べるものに対して余計な知識も思い込みもないから、ひと口食べると好きかどうかがほぼ決まる。好きじゃないときの反応は容赦ない。目の前の皿に途端に興味を失い、まるでなかったもののように扱う。逆に最上の称賛は、黙々と、ひたすらお腹いっぱいになるまで食べるという、無音かつ集中の状態でいることだ。私たちのテーブルは、子供はもちろん、大人も長いこと大絶賛の状態が続いた。噛みしめるほどに味わいのある牛肉だった。

 デザートに頼んだパオン・デ・ロー(カステラの祖先にあたるケーキ)、レイテ・クレーム(ミルク多めカスタードクリームの上面こんがりキャラメリゼ仕上げ)、ボーロ・デ・ボラーシャ(クリームとクッキーが層になっているケーキ)なども、どれも素朴で丁寧な味。この店が多くの人に人気な理由は、食べれば食べるほどよく分かった。奇をてらわぬ、昔ながらの料理なのだろう。ライダーのみんなが上機嫌だったのも至極納得だ。

 食べ終わって席を立つのが名残惜しいような、本当に居心地のいい店だった。


6/15(土)湘南 蔦屋書店にて『ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅』発売記念トークイベント開催!

【特典】おすすめのワインとプチおつまみの試食/サイン会

【参加費】

A 書籍付き参加券 2,000円(税抜)対象書籍…『ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅』馬田草織著、産業編集センター刊、1,500円(税抜)

B 書籍なし参加券 1,200円(税抜)

【申込方法】

■電話受付湘南 蔦屋書店 0466-31-1510(代表)※お申し込みの際にイベントの日時とタイトルをお伝えください。※店頭でのお申し込みの場合は1号館1階BOOKカウンターまでお越しください。

■オンライン受付湘南 蔦屋書店オンラインショップにてお申し込みください。

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※お支払い方法はクレジットカード決済のみです。※A書籍は当日お渡しいたします。

【イベント詳細、ご予約ページ】

https://store.tsite.jp/shonan/event/travel/6670-16...

ポルトガルの食への愛がぎゅっと詰まった食旅エッセイ!

この連載について

初回を読む
ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅

馬田草織

人生を変えてしまうような味に会いたい! ポルトガルの食をまるごと味わうコラム満載。家庭のキッチンから街角のレストランやカフェまで、縦横無尽に訪ね歩いた、めくるめく食旅エッセイ!

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shcbook 『ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅』cakesでの特別公開版、本日アップしました。今回は、山あいの村の人気レストランや自然豊かな国定公園への旅をお届けします! https://t.co/M1MjZhKPxX 3日前 replyretweetfavorite

saoribada cakesでの特別公開。今回は、表紙にもなった絶品 3日前 replyretweetfavorite