結婚をせず、シングルマザーになることを選んだのは、自分勝手か?

晶はシングルマザーになる道を選んだ。自分の責任で。自分の生きる道をまだ満足に選べないユウカは、年だけを重ねた幼稚園児。

「ユウカさん、おかえり。夕飯も出来てるから食べてってね」

市場から帰ってきたユウカと晶に、母セツ子は声をかけた。

「ありがとうございます、セツ子さん。今日持って行った20個のサンドアートは完売しましたよ」

ユウカが嬉しそうに報告すると、

「あら、そう! すごいわね。ユウカさんは、モノを売る才能があるのかもね」

セツ子は満面の笑みで、ユウカを褒めた。

「いやー、それほどでも。セツ子さんの作品が魅力的だったからです」

「ふんっ!」晶は白々しい顔で2人のやりとりを見ている。 もちろん、晶には、「作品が魅力的だった」からでも「ユウカにモノを売る才能があった」わけでもないことはわかっている。

ただ、事前にユウカに今日のことは内緒にしてほしいと言われたから黙っているだけだ。
ユウカにとっては、「沖縄で有名なサンドアーティストSETSUKO」の作品として、半分、だましたみたいな形で、サンドアートを売ったことは、どこかで後ろめたい感情があった。 それは、お客さんに対してもそうだし、セツ子本人に対しても後ろめたさを感じていた。

晶にはあっけらかんと、「そんなこと気にしてたら、あっという間におばあちゃんになるよ」と揶揄されたけど、まっすぐなところだけが取り柄のユウカにとっては、譲れない一線だったのだ。(最初、あまりに売れなくて晶のやり方にすがったけど……ただセツ子には、そういう思いを感じてほしくなかった)

「はいはい、お世辞言い合うのはそれくらいにして、じゃあ、夕飯食べようよ」

晶が食卓に手をつける。 おかずは、卵とトマトの炒め物と焼き魚だった。味はどっちも塩辛い。

「じゃあ、ユウカさんはこれで友達のところに会いに行くっていうことかしら」

箸を止めて、セツ子はユウカに語りかけた。

「ええ、なんとか交通費分のお金はできたんで、今日にでも友達に連絡を取ろうかな、と思って……」

語尾にユウカは寂しい思いをこめた。実際、せっかく知り合った、晶とセツ子と離れるのは少し切ない。

「あら、そう。残念ね、もっとゆっくりしていってもいいのに」

チラと晶をみると、素知らぬ顔でご飯を食べている。 晶はどう思ってるんだろう?

「お気持ちは感謝します。……いつまでもお世話になっても悪いですし……」

食事が終わってシャワーを浴びた後、アキさんに電話をする前、自分の部屋に戻っていた晶に声をかけた。

「ねぇ。晶、私、明日出ていっちゃってもいいの?」

「なんで私に聞くの? ユウカが出ていきたければ出ていけばいいよ」

「そうだけど……ここまで一緒にいたからさ……寂しくはないの?笑」

「笑、ううん。せいせいした。超ハッピーだよ」

別れの時まで、憎まれ口を叩く晶にイラっとしながら、ユウカは言葉を連ねた。

「じゃあ、私が残るって言ったら、どう思うの?」

「ははは、その時はその時だよ。残りたければ残ればいい。私は、まぁハッピーかな」

「なにそれ。どっちにしろハッピーってことじゃない」

「あなたの人生なんだからあなたの好きに選べばいいよ。私の感情なんて関係ない。 ただね、ユウカは、生き方も不器用だし、まっすぐだし、トロいなぁって思うことも多いんだけど、なんか昔の相方を思い出すようなこともあってね、別に嫌いじゃないよ」

「あの仲違いして解散したって噂のコンビ?」

「そう、アンデルセンね。二人がバイトしてたパン屋さんの名前から取ったんだよ」

「あ、そうだったんだ。なんで解散しちゃったの? やっぱり喧嘩したの?」

「子どもができたから、しばらくコンビ休みたいって言ったんだよね」

晶はその時の千春とのやりとりを回想していた。もう何度も思い出している光景だ。
晶のお腹の中にいた子どもの父親は、実は相方の千春の婚約者だった。
晶はそれを言わずに、自分だけがここから去ろうと思っていた。
そうすることが唯一、相方の千春を傷つけずに、すべてを終わらせる方法だと思った。

千春の婚約者と寝たことは、気まぐれからだったが千春を傷つけようと思ってやったことではない。少し羨ましく思って、少しの好奇心からだった。

「なんで? 晶いつの間に彼氏おったん? 結婚するん?」

千春は、当然のような質問を投げ返してきた。

「彼氏はいないし、結婚もしない。行きずりの人だし」

「まじで? そんな簡単に言うけど、ちゃんとその人に話さなあかん。だってお腹の子の父親やろ? 言わないなんて絶対あかん!」

「いいよ。そいつ別の恋人がいるんだ。結婚するらしいし、独身時代最後にちょっと遊びたかっただけやと思う。別に私も結婚とか認知とか望んでないし」

「じゃあ、堕ろす……っていうのは考えなかってん?」

「私、クリスチャンだもん、授かったもんは産まんとね」

晶のその言葉に、千春は言葉を失うも、すぐに烈火のごとくキレだした。

「どうするん。単独ライブでも客が入るようになったし、テレビもだんだん仕事が入ってきたのに、なんで今? なんで今休むなんていうん? クリスチャンとか知らんわ!」

「何でって、授かったんだからしかたないやん」

「授かった授かったって、あんたがだらしなく誰にでも股開くからやないか! 彼氏ならまだしも、行きずりの男なんて、どう納得せいって言うねん!」

「別に千春に納得してもらわなくてもいいよ」

その言葉がピリオドとなり、それから二人は一度も顔を合わせていない。

********************

事情を知らないユウカは、「コンビを休みたい」という言葉をまったく受け入れなかった相方を少し酷いと思った。

「コンビを休みたいって言ったくらいで解散になっちゃうなんて……」

「いや、ユウカ違うんだよ。芸人なら相方(千春)の考えの方が正解だよ。タイミングっていうのもあるからね。そして、子ども産むっていうのもタイミング。うまく言いづらいけど、授かったもんはしょーがないって思うよ。こういうのも私の人生じゃない? ユウカはさっきも私にどうして欲しいか聞いたけど、あんま関係ないのよ、人の意見は」

「でも、他に方法がなかったのかな、って思うよ。そうだ、 産休をとったり、子どもは保育園に預けてシングルマザーでやるとか。もう少し相方さんの希望を聞いてあげてもよかったのかな、って思うよ」

「ダメよ。女の漫才コンビでそんなの見たことある? シングルマザーだって言った瞬間に、一気に客が笑われんようになる。残念やけどね。 世界中どこだってそうだよ。ゲイにデブにブス、黒人、レズ、アジア人とコメディアンは誰でもなれるけど、子持ちのお母さんだけはダメ。シングルマザーのコメディアンなんて、見たことある?
なんか、客側が憐れんだり、いつも文句言ってるようなイメージがあるんじゃない?」

「そんなもんかなぁ」

「そ。だから、ユウカも好きに選びなよ」

芸能界にうといユウカは、晶の話にどこか釈然としないものを感じたが、自分の人生なのだから、自分で決めなきゃいけない、という話は胸に響いた。

いまだに自分の人生を決められないで、ここにいるユウカは、晶に比べてはるかに幼稚な存在だ。

晶との話を終えて、じゃあ、明日からどうしようと考えるものの、ユウカはまだ、わからない。

いざ、自分の人生を決める指針すらないことに愕然とするが、バカなりに何かを選ばなければいけない。

こういう時、救いようもないことにユウカは、人に頼る。

それが正解の時もあるし、間違いになることもある。

プルルルー、プルルルー。コール音が鳴るごとに自分の人生を切り開く糸口は自分の手元になく、画面の向こうにすがるしかない心細さを感じた。

コール表示が、時間表示「0;00~」に変わった。つながった。

「ユウカ、なかなか連絡よこさなかったけど、大丈夫だったの?」

画面の向こうから、懐かしい声が聞こえてくる。気やすい声に安どの気持ちが広がっていく。アキの声だ。

「いやまぁ……てか持ち金使い果たしちゃって、ようやくアキさんの所までいけそうなお金ができたんで。今どこにいるんですか?」

自分でも頭の悪い話し方だと思ったけど、正直に話した。

「読谷村よ。ユタばあちゃんのところ」

「ヨミタンソン!? そこって近いんですか? あたし今沖縄市にいるんですけど」

「あら、近いわね。車で30分もかからないわよ」

「そんなに近くにアキさんいたんですね!! もっと早く電話すればよかった。タクシーでそこ行きます!」

「来てもいいけど、ユウカの泊まるとこないわよ」

「え? ホテルじゃないんですか?」

「ユタばあちゃんのとこに居させてもらってるの。こっちで出産した方がいいって言うからね。今の家は空き部屋はないから、ユウカの泊まる部屋はない!」

まさか、アキから来ることを拒まれるとは思いもせず、ユウカはわかりやすく肩を落とした。

「アキさん、わかりましたよ。でもまぁ、アキさんも体調良さそうでよかったです。そちらに明日、顔を見に行きますから、身体大事にしてくださいね」

「そんなに気を落とさないで、ここは沖縄よ。 内地とちがって不思議なパワーでなんとかなるから、心配しなさんな」

まったく、根拠のないアキらしい言葉だったが、ユウカは不思議と元気が出た。
彼女に電話したことは正解であってほしい。

<イラスト;ハセガワシオリ

この連載について

初回を読む
結婚できない2.0〜百鳥ユウカの婚活日記〜

菅沙絵

友人たちが彼女につけたあだ名は「レジェンド・ユウカ」。結婚市場に残された最後の掘り出し物という意味だと説明されたが、たぶん揶揄する意味もある。妥協を知らない彼女が最後にどんな男と結婚をするのか、既婚の友人たちは全員興味深げにユウカさん...もっと読む

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