いだてん』第18回「愛の夢」〜女子がもたらした女子のための体育とは

脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、演出・井上剛、大注目のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」第18回「愛の夢」。四三(中村勘九郎)の妻・スヤ(綾瀬はるか)が懐妊。イギリス留学から帰国した二階堂トクヨ(寺島しのぶ)が、女性が自由に体を動かせるチュニックと「ダンス」を持ち帰り…。ひさびさの登場となる美川I(勝地涼)が入れ込むのは竹久夢二。時代は移り変わり、大正へ……。

〈「いだてん」第18回「愛の夢」あらすじ〉
 駅伝の盛り上がりとともに、四三(中村勘九郎)の妻・スヤ(綾瀬はるか)が懐妊する。イギリス留学から帰国した二階堂トクヨ(寺島しのぶ)が、女性が自由に体を動かせるチュニックと「ダンス」を持ち帰り、身重のスヤやシマ(杉咲花)が目を輝かせる。そのころ、長旅から東京に帰ってきた孝蔵(森山未來)は、美川(勝地涼)と小梅(橋本愛)の起こしたトラブルに巻き込まれて散々な状況。腐りそうな孝蔵を、いつか日本一の噺家になるからと親友・清さん(峯田和伸)が激励する…(公式HPから)



 今回まず目を奪われたのは、二階堂トクヨがもたらした体育授業の開放感だ。

 講堂の採光が明るい。天井板が外されて梁が顕わになり、天窓から光が取り入れられている。カメラはハイポジションに据えられて、この上部の広さを映し出すと同時に、フロアの明るさを強調している。天井を取り払った広々とした空間は、トクヨによるチュニックのデザイン、帯を取り払ったそのゆったりとした着心地に似合っている。このドラマは、十二階や市電のような、繰り返し用いられる大がかりなセットの力が凄いけれど、一方で、こういう短いシーンにも心憎い美術や照明が施されている。

 窓のそばには永井道明のシンボルである肋木も据えられている。しかし、それはつかまる道具というよりは、暗い窓際とフロアとの間にあって、パーティションの役割を果たしている。

 そこに当の永井が乗り込んでくる。皮肉なことに、永井は眼前の光景が信じられず、思わず肋木の背後に回り、その隙間越しに女子学生たちのダンスを見る。暗い講堂で肋木にぶら下がり続ける永井の教育とは正反対の、あまりに明るい光景。何もかも顕わにするようなその明るさは、永井にとっては「扇情的で破廉恥」に見える。実は真に破廉恥なのは、肋木の影から、肋木の隙間越しに「覗く」という行為の方なのだが、永井はそれに気づかない。それどころか、トクヨと口論するうちに、いつしか舞踊の只中に取り込まれている。紅白の長いリボンがひらめき、学生たちは回転、逆回転、さらにそれぞれが自転、永井はまるで歯車に紛れ込んだチャップリンのごとく、彼女たちのメイポールダンスの動きに翻弄される。

 かつて永井に感化され、肋木の効果を「はっはっはー!」と笑いとも呼気ともつかぬ声で自慢していた弟子のトクヨは、いまや同じ「はっはっはー!」という声で、永井の旧態依然とした教育法を笑い、「あなたは古い!」とずばり指摘する。永井は怒りのあまり顔を赤らめ、目を血走らせるのだが、その上気した顔に、次第に恍惚にも似た不思議な表情が宿り始める。トクヨが光の中に歩み出て踊っている。肋木の暗がりを背に、天窓から射す光に照らされて踊る彼女のチュニック姿は、確かに永井の知らない、新時代の明るさをまとっている。その美しさに、永井は思わず魅せられてしまったのに違いない。こういう無防備な表情をするときの杉本哲太は実にいい。

美川に言ってもしょうがなかばってん

 次から次へと流行り物に飛びつく美川は、かつて私淑していた夏目漱石が大正五年暮れに亡くなったことにもさしたる慨嘆はないらしく、いまは竹久夢二に夢中らしい。ただし絵心は、ない。興味が変わると語尾が変化するのがこの男の特徴で、やたら「っしょ」と言うのが耳障りだ。口先では大きいことを言うが、職もなければ住処もなく、今はちゃっかり四三の下宿に居着いている。

 そこへ熊本から臨月近いスヤが四三に会いにやってくる。例によって四三は練習のため不在で、美川は成り行きでスヤの相手をすることになる。

 「こぎゃんこつ、美川さんに言うてよかろか」と自問するスヤのことばを、美川は「言って下さい、奥さん」といかにも軽薄に引き受ける。スヤはどこにもぶつけようもない憤懣を問いの形で叫ぶ。「何ば考えとっとでしょうね、あん人は!」 そして、問うたびにこう付け加える。

 「美川に言ってもしょうがなかばってん」

 「美川さん」ではなく「美川」と呼び捨てなのがおもしろい。もはや、目の前の美川に問うてるのではない。スヤの思念、憤懣がそのままことばになっている。憤懣そのままだから、敬称は略でよい。

 しかし、きいている美川の方は、自分の名前が呼ばれるたび、ぎくりとする。スヤの問いには応えようもなく、いたたまれなくて視線が少し下がる。すると再び「美川に言ってもしょうがなかばってん」と来るので、ひょいと視線はつり上げられて、スヤと目が合う。下がっては上がり、下がっては上がるこの視線エレベーターを、カメラはうまく捉えている。

 ところで、「美川に言ってもしょうがなかばってん」という言い回しは、幾江がかつてスヤを連れて実次のところへ怒鳴り込んだときの台詞を思い起こさせる。

 「あんたに言うてもしかたなかばってん、あんたしかおらんけん、あんたに言うけん、よう聞いときなっせ!」

 二つの台詞の類似性には、スヤと幾江の親密さが表れている。スヤは、幾江との生活の中で、次第に幾江の立ち振る舞いを身につけていきつつあるのだろう。まだスヤには、幾江のように怒りを啖呵に変えて相手を罵倒するほどの迫力はない。しかし、幾江のことばがそうであるように、スヤのことばも相手を萎縮させながら、相手を引きつけて止まない。いつの間にか二人は似た者どうしになりつつある。

漏れる夢

 スヤは美川にそそのかされて、四三の日記を読んでしまう。そこには、四三の見たスヤの夢の話が記されている。夢の中では、幻のベルリンオリンピックが開かれ、四三は見事マラソン競技で優勝した。いまはまさにその祝勝会だ。治五郎が笑い、永井は肋木につかまり、可児が抱きついてくる。まかないのおばさんがチロルの衣装を纏っている。楽しい夢だ。そしていよいよカーテンの向こうから妻のスヤが現れる。「人形のような西洋のドレスば着て、音もたてず、スススッと近づいた」。四三は晴れてみなにスヤを紹介したあと、自分のかけていたメダルをスヤにかけてやる。そのメダルは、四三の描いた絵をそのままかたどったような童画のごときマラソン姿のデザインだ。

「スヤの励ましと支援に応えるに、金メダルよりふさわしきものなし。目が覚めて思う。この夢をいつかかなえん」。

 夜、四三の帰りを待ちかねて、スヤは一人熊本へ帰るべく市電に乗る。そこへ、ようやく帰ってきた四三が追いかけてきて、次の停留所で乗り込んでくる。四三は、ポケットの中から何かを取り出してスヤに握らせる。思わずスヤは言う。

「金メダルね?」

 それはスヤが勝手に四三の日記を読み、四三の夢を知ったからこそ出てくることばだ。スヤは、自分が四三の日記を読んでしまったことを、このことばでうっかり漏らしてしまっている。が、四三はまるで頓着しない。金メダルね?と問われて、その金メダルの代わりであるかのように、黙って安産祈願のお守りを手渡す。おそらく四三にとってスヤの夢は、日記に書こうと書くまいと、スヤに筒抜けになっており、スヤの夢を見たということは、それがスヤに伝わったということなのだ。だから自分が金メダル代わりのお守りを渡し、スヤが「金メダルね?」と問うても何の不自然もないのだ。スヤがいないのはさびしくてしょうがないけれど、手紙を書くこと、夢を見ることでスヤと通じた気になってしまう。そして、スヤは、金メダル代わりのお守りを握りしめて、出産する。

 市電のシーンは、二人が会話しているところだけ、奇妙に他人の気配がなく、どこか現実離れしている。もしかしたらそれは、スヤの見た夢だったのかもしれない。そしてお守りは、四三の見た夢とスヤの見た夢をつなぐたすきであり、二人の夢が通じていることの証だったのではないだろうか。


演出・井上剛と音楽・大友良英との対談も収録!

今日の「あまちゃん」から

細馬 宏通
河出書房新社
2013-12-25

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今週の「いだてん」噺

細馬宏通

近現代を扱ったNHK大河ドラマとしては33年ぶりとなる「いだてん〜東京オリムピック噺〜」。伝説の朝ドラ「あまちゃん」と同じ制作チーム(脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、演出・井上剛)が、今度は日本人初のオリンピック選手・金栗四三と、6...もっと読む

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コメント

kaerusan そんなわけで夜のお知らせ。 5日前 replyretweetfavorite

ichi_3 遅い時間とはいえ市電に誰もいないの不思議だった、なるほどー 6日前 replyretweetfavorite