ありゃ、学校やめちゃうぞ」職員室で囁かれていた男子生徒に、僕がぶつけた本音

都内の某私立高校で教師をしている30代の海老原さんが、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていく本連載。今回は、いかにも「高校デビュー」なチャラい見た目をした男子生徒にまつわるお話です。教師たちに目をつけられていた彼に対して、海老原さんは本音をぶつけます。

おととしの春。運動センス抜群の1年生が野球部に入ってきた。その実力は3年生みんなが認めるほど。入部早々の練習試合に出ると大活躍し、5月には上級生を押しのけ、事実上レギュラーとなった。それでも彼は、決して偉ぶらず、謙虚だった。

だが、ふだんの学校生活では一転、いかにも「高校デビュー」なチャラい見た目だった。さっそく体育の先生に目をつけられ、特定の教科の先生には露骨に反発することもあった。

「ありゃ、学校やめちゃうぞ」と教員室で話題になることもしばしば。部活ではがむしゃらで、謙虚なのに……。

1学期末試験をひかえた頃、本人には「目つけられてるぞ〜」と警告した。「授業集中しないと、マジで留年するよ? うちの学校、成績は本当に厳格だから。赤点取ると良いことないし、部活も出られなくなる」。

本人はうなだれつつも、あっけらかんとしていた。「うーん、多分2年にはなれないすね。すでにあきらめてるんで……」。

びっくりした。まだ1学期も終わってないのに。「何言ってんの!? 正気? そんなに先生たちとウマが合わないわけ?」

「授業がちんぷんかんぷんで、化学とか“アラビア語”を聞いてる感じなんすよ!」

眉を八の字にし、とまどいの表情を見せてそう言った。わざわざアラビア語に例える、背伸びしたセンスがおかしかった。

心配は深かったが、まだ1学期ということもあり、遅刻せず、授業サボらず、赤点取らずを厳命するにとどめた。

彼の涙に隠された重大な理由

3年に混じってレギュラーとしてむかえた夏大会。彼の活躍もあって勝ち進んだが、やがては強豪校に敗れた。思い出を胸に引退する3年とともに、1年の彼もまた、文字どおり泣きじゃくった。

彼の野球センスが活きるくらいに3年もタレントぞろいだったから、感慨ひとしおだったのだろう。

そして1・2年の新チームでむかえた、8月末の秋大会。今度は相手校との実力差が大きく、初戦で敗退してしまった。

2年が敗因を分析しながら帰りの準備をする中、1年の彼は目に涙を浮かべていた。秋大会には成立して間もないチームで出るため、負けたとしてもふつうは泣かない。それだけに、意外だった。

実は、涙には重大な理由があった。

「俺、学校やめるつもりです。それもあって、秋大会を最後に、部活やめたいと思ってます」

大会終了からまもなくして始まった2学期、彼はこう伝えてきた。すでに秋大会に臨むときには退部の意思を固めていたから、あの涙につながったのだった。

絶対に落ちると思ったら、奇跡的に入学できてしまった。案の定、授業についていけない。今はむしろ外国で英語を学びたいし、将来は服にかかわる仕事をしたいから、学校をやめてそちらの道に進むつもりだ。

彼は、とつとつそのように話した。留年ではなく退学とは……。驚いたが、言いたいことはわかった。だからといって、はいそうですか、と背中を押すわけにはいかない。絶対に。

「行きたい道があるなら、応援するのが筋だ。学校にしがみつくだけがすべてじゃない」

そんな風に、“いさぎよく”生徒の背中を押す高校教師は無責任だと思う。「学歴で人の本当の価値は測れない」などと、大学まで出た教師がふわり言ってのけることは、チープな傲慢そのものじゃないか。高校中退者の社会生活がどれほどハードか……。僕の姉がそうだった。

ここは一つ、あきらめの悪い男っぷりを見せつけるべきだと思った。

外堀から埋めるとは!

まずは粘りづよく彼を慰留した。中退した場合のデメリットも伝えたし、彼の話す夢は高卒後にチャレンジしても決して遅くはないとも述べた。

それでも、頑固者の意思は揺らがなかった。父を説き伏せ、フィリピンの語学学校に通いながら、父の知人が現地で経営する会社を手伝うとの道筋も模索しつつあるという。

外堀から埋めるとは! おのれ策士、なかなかやる。野球で鍛えた闘い方は、だてじゃない。

でもそうしたシナリオが適切なのか、僕には納得いかなかった。親を味方につけた彼は、本当に3月で学校を去るかもしれない。これで担任の先生があと押ししたら、話は決まりに等しい。

イヤだった。

ここまで来たら、もう強情だ。相手は義務教育を終えた高校生、しかも僕は単なる部活顧問なのだし、感情的になる必要はないのだけれど、どうもむずむずした。一か八かで本音をぶつけておこう。

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教室では言えない、高校教師の胸の内

海老原ヤマト

一般企業に就職した後、私立高校で先生をすることになった30代前半の新米教師が、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていきます。教室や職員室での悲喜こもごも、そして生徒の言葉から見えてくる、リアルな教育現場とは?

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shin_2828 #スマートニュース 1年以上前 replyretweetfavorite