男子生徒との気まずい関係を修復するべく、僕は勝負に出た

都内の某私立高校で教師をしている30代の海老原さんが、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていく本連載。今回は、部活内で「乱」を起こした男子生徒のお話です。彼と気まずい関係になってしまった海老原さんは、関係を修復するためにとある作戦を立てます。

嫌だなぁ……。

去年4月、僕の新年度はため息とともに始まった。新3年の世界史を受け持つことになったのだが、そのうちの1クラスに、僕が顧問をする野球部の「元」部員がいたのだ!

僕がその学年を担当するのは初めて。だから、彼が1年の冬に野球部をやめて以来の「再会」だった。部活をやめた生徒と授業で顔を合わせるのは、すさまじく気まずい。

4月、最初の授業で「再会」したときのお互いの顔のひきつりようと言ったら……思い出したくもない! あぁ、うまくやれるかなぁ。

彼はキャッチャーだった。入部早々に頭角をあらわし、秋の大会ではレギュラーとなり、クリーンナップを打った。彼の好守備や決勝打で勝利をもぎ取った試合も多かった。

けれど僕は知っていた。彼は、中学生の頃から守ってきたキャッチャーというポジションに、とっくに飽きていたのだ。

シートノック(各ポジションについた選手へのノック)のとき、我がチームは部員が少ないため、キャッチャーは球ひろいや球つぎに駆り出される。彼は明らかにやる気がない。かけ声も蚊の泣く程度。露骨にため息をつく。

ノックを打つ僕は、「キャッチャーがシートノックを仕切るんだ、くらいの誇りを持てよな」とハッパをかけたけど、効果は一瞬だった。本当はサードやショートを守りたがっていたのは部員の誰もが知っていたが、彼のほかにキャッチャーをできる部員がいない!

そんなこんなで、1年の春・夏・秋と、彼はキャッチャーのまま部活をつづけた。いざ試合となれば燃えるし、楽しいし、ぞんぶんに活躍した。部員ともわいわいやっていた。

問題は冬。試合のシーズンが終わり、基礎練習や筋力トレーニングが中心となる。試合を楽しみにしている彼には、つまらない冬。

ついに事件は起きた。

上級生がブチ切れた、1年部員の「乱」

彼は1年部員7名を引き連れ、放課後の練習をサボった。キャプテンにも顧問にも無断で、バンドのライブに連れ立ったのだ。道すがら、うまそうなラーメンをすする姿をもツイッターにアップ! それを見た上級生はブチ切れた。

集団レジスタンスって……。どうせやめる覚悟なんだろ。部にとどまるよう説得なんてしねーからなバカヤロ—!(本当はしたい) 僕の心中も穏やかではなかった。

上級生や僕は、せめてこの屈辱を笑いとばそうと、そのバンドにちなんで「ウーバーの乱」と名づけた。

1週間ほどして、6人は謝罪の言葉を胸に教員室に来た。もともと体を動かすことが好きな子たち。内心ほっとしながら、めらっとした怒りをチラ見させて説教し、部活の参加を認めた。

けれど、乱の首謀者は来なかった。キャッチャーの彼である。

それっきりバイバイ、というわけではなかった。数週間して、僕が野球グラウンドに向かうと、キャッチボールの列にしれーっと彼がいたのだ。

何ごとか、とあせった僕がキャプテンに問うと、「いや、オレらはもう許してるんで……」。たしかに彼が抜けると、戦力の大幅ダウンは否めない。それでも、部活はサークルじゃない。最低限のけじめはつけないとだめ。僕はそう思い、何くわぬ顔でキャッチボールする彼に声をかけた。

「おーい。部活への参加はまず顧問と話し合ってからだろ。黙って再開ってのはありえない。今日は部活やめとけ。明日の昼イチ、教員室来いよ。待ってるから。OK?」

「そうすか……。すいません。じゃ」

彼は、とぼとぼとグラウンドを去った。

それっきりだった。教員室に顔を見せることはなかったし、二度と部活に来なかった。彼の何かがぷつんと切れたのだと思う。僕の対応も、結果からすれば誤っていたのかもしれない。

7月、僕は勝負に出た

あれから1年ちょっと。3年になった彼と、世界史の教室で再会したのだった。

久しぶりの彼は相変わらず無愛想だったが、頭のキレはよかった。部活は部活、授業は授業だ。心を入れかえた僕は嘆息を封印し、精一杯歴史の楽しさを共有しようと努めた。

彼のクラスも、歴史の授業を歓迎してくれていた。そのムードの中、彼も「乗せられ」、授業を楽しんでるようだった。最初は伏しがちだった目が、みるみる大人の目になり始めた。近現代史は僕の専門分野。作業的な暗記の向こうにある歴史の解釈や評価の森に、彼も足を踏み入れたようだった。

今だ!

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教室では言えない、高校教師の胸の内

海老原ヤマト

一般企業に就職した後、私立高校で先生をすることになった30代前半の新米教師が、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていきます。教室や職員室での悲喜こもごも、そして生徒の言葉から見えてくる、リアルな教育現場とは?

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