北の農村で教わった、腸詰たっぷりの薪窯パンと、謎の郷土料理

「ポルトガル食堂」の連載でもお馴染みの馬田草織さんの最新刊『ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅』の特別公開。日本人も滅多に訪れることのない内陸の奥深く、ポルトガル北部の農村で作られている薪窯焼きパンや腸詰、不思議な郷土料理を訪ねます。

2章 トラズ・オズ・モンテス 満腹パン

「友達が家でフォラールを焼くんだけど、サオリ見に行かない?」  ポルトガルの北、ヴィラ・レアルに住む大学時代の友人アヤが、願ってもない機会をくれた。

 フォラールは、パシュコア(復活祭)の時期だけに作られる独特のパン。地方によってレシピが違い、甘いのと塩味がある。パシュコアが仮に日本のお正月のような位置づけだとすると、フォラールは、日本各地で味や具に個性があるお雑煮のようにも思える。

 甘い方は、ウイキョウやシナモンなどが香るふんわりしたパン。復活を意味する卵がタマネギの皮で茶色く染められ、パンの上に飾られていたりする。塩味系は、腸詰やスモークハムなどの具が入ったヘビー級の惣菜パンだ。作るのに手間がかかるから、最近は店で買う人が多いらしい。家でパン生地から作って焼くところ、ぜひ見てみたい。

 ポルトから高速バスで1時間半、友人の住む町ヴィラ・レアルへ向かう。

 小雨の朝9時。ちょっと肌寒い。受付と待合いだけの簡素なバス乗り場で切符を買うと、あれに乗って、と示された先には、意外にも最新鋭の大型バスが待っていた。綺麗でシートの座り心地もいい。バス乗り場とのギャップがあり過ぎて、ちょっと戸惑う。

 バスの旅が面白いのは、電車と違って町中を走り抜けるから、見える景色がぐっと個人に近いことだ。市井の人の日常が、ふいに目に飛び込んでくる。濡れていい具合に艶めくカルサーダを、傘なしで歩くグレーのスーツ姿の男性。堅い仕事の人か、いや、案外クリエイティブ系か。急ぎ足の渋い赤のコートの女性は、携帯に向かって一生懸命話しながら歩いている。美人はしかめ面も絵になるなあ。みんな忙しそう。そうか、今日はまだ平日だ。

 ヴィラ・レアルに着いてアヤと落ち合うと、さらにバスと車を乗り継いで2時間、北の内陸トラズ・オズ・モンテス地方にあるヴァッサル村にようやくたどり着く。石造りの大きな家がぽつりぽつりと建ち、合間に畑やオリーブの林が広がる。友人のアヤと私、娘の3人は、昼過ぎにアルジェンティーナの家に到着した。お腹もいい具合に空いている。

「オラ! アルジェンティーナ。元気?」 「はじめまして、アルジェンティーナ」

 キッチンで料理中の彼女に、早速ベイジーニョ。両頬に交互にキスをする、ポルトガルの挨拶だ。何度か経験すれば慣れるが、ポルトガルが初めての娘はまだ慣れない。

「まあお嬢さん、こんにちは! お名前は?」

 しっかりした体つきの、全身から活力がみなぎっているアルジェンティーナが、娘を力強いベイジーニョで迎えてくれる。その勢いに圧倒され、娘はやや緊張気味。

「フォラールを作る前に、まずはお昼にしましょう。もうすぐできるから」

 さっきからすきっ腹を刺激していたいいにおいの正体は、小アジのフリットだった。下処理して塩とコショウ、粉を振り、シンプルにオリーブオイルでかりっと揚げている。料理上手が作る普段着の家庭料理にありつけるなんて、願ってもない幸運だ。ということは、付け合わせはきっとごはんだぞ。揚げ物とごはんは、ポルトガルでは定番の組み合わせ。

「付け合わせはアローシュ・デ・フェイジャオン(豆ごはん)よ。デザートはラバナーダシュ。アヤ、冷蔵庫からチーズとマルモラーダを出して、適当に切ってくれる?」

 ラバナーダシュはポルトガル式のフレンチトースト。彼女のオリジナルは、揚げたあとにオレンジ果汁に浸す。手際のよい手元をじっと見ていたら、横で温めている鍋のふたを開けて、「ほら」と豆ごはんを見せてくれた。広がる湯気とともに、ふっくら煮えた赤インゲン豆とニンニクの食欲をそそるいい香りが立ち込めて、空っぽの胃がきゅっとする。

「豆は、ごはん以外にもフェイジョアーダやスープでよく使うから、まとめて暖炉の火で茹でて、煮汁ごと小分けにして冷凍するのよ。豆のうま味は煮汁にたっぷり出るから、絶対捨てちゃだめ。煮汁ごと冷凍すれば、豆が乾燥しないしすぐに使えて便利よ」

 料理をしながら解説と保存方法まで教えてくれて、アルジェンティーナは動きにもおしゃべりにもまったく無駄がなく、エネルギッシュこの上ない。

鳴き声スープ

 ヴァッサル村は、ポルトガルの北東部トラズ・オズ・モンテス地方にある。

 ポルトガルの地図を広げて北部を見ると、スペインから流れ込むドウロ川が、大西洋岸の港町ポルトまで東西を悠々と走っている。川の上流域はアルト(高い、奥の意)・ドウロと呼ばれ、ポートをはじめとしたワインの一大産地として有名だ。そのアルト・ドウロから北側に向かって広がる内陸が、トラズ・オズ・モンテス。料理研究家マリア・デ・ルルデスの書いた『ポルトガルの伝統料理』という旅する百科事典のような本を開くと、この地域を紹介する章の扉には、山羊に頬寄せる、白いセーターを着た少年の穏やかな表情がある。

 北部だが、この一帯はテッラ・ケンテ(暑い土地)とも呼ばれる。乾いた土地で降水量も少なく、夏は40度越えも珍しくない。ポルトからドウロ側上流に向かってそびえるマラン山脈が、大西洋からの湿った風を遮るからだ。その一方で、オリーブの林やジャガイモ、キャベツなどの畑が広がり、山と平野が混在し、自然公園に指定されている場所もある。豚や牛、山羊や羊など動物にとっては楽園だ。冬から春先までは一気に冷え込むから、どの家も生活に暖炉が欠かせない。 「毎年冬には豚を解体して、みんなでこの家で腸詰を作って、そこの暖炉で燻して仕上げるのよ。この冬はアヤも見に来たわよね、うちの腸詰作り」  思い出し笑いしながら、アヤがその時の様子を撮った写真を見せてくれた。

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ムイト・ボン!ポルトガルを食べる旅

馬田草織

人生を変えてしまうような味に会いたい! ポルトガルの食をまるごと味わうコラム満載。家庭のキッチンから街角のレストランやカフェまで、縦横無尽に訪ね歩いた、めくるめく食旅エッセイ!

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saoribada 今回は、北の内陸部へ。謎の郷土料理ランショを、村の集まりにおじゃましていただきました。 https://t.co/RvPNHncdxm 約2ヶ月前 replyretweetfavorite