大切なのは、情報ではなく知識や知恵
家庭料理のよさは、シンプルに調理して食べられることです。しかしこの頃は、だしをとらないとおいしくないとか、手をかけないとおいしくならない、と思われてしまって、料理する自由さがなくなってしまったように思います。たくさんの情報を求めすぎて、自分の足元が見えなくなってしまっていませんか。高級食材はたしかにおいしいですが、大根の皮だっておいしいです。大事なことは、その素材をいかす知識や知恵をもっていること。
“勘どころ”となるコツを知っておくと、自由に料理が作れるようになります。この本では、そういったことをレシピとおもに紹介していますが、食べることの本質について考えるきっかけやヒントになるといいなと思っています。
僕が基本にしていることで、家庭料理でほんとうに必要なことだけをとりあげました。やりすぎない、おいしさがあるということも、知ってほしい。
「料理は自由で楽しいもの」ということ
僕は仕事で地方に行く機会が多いんですが、ある村の村長の話に「新米の時期は、米のとぎ汁を捨てずにそのまま炊く」というものがありました。この話を聞いて、疑問に思った方もいるはずです。けれど、米のとぎ汁を捨てなきゃいけないって、誰がきめたんでしょう。むしろ、新米だから捨てちゃもったいない。
たとえば、そのとぎ汁を土鍋に入れて火にかけ、しゃぶしゃぶを作ってみてください。まろやかになっておいしいんです。この汁で菜っ葉をゆでたりしてもいいし、これでけんちん汁を作れば、とろみがついておかゆのようになります。料理はこれくらい自由なものでいいのです。
「料理はむずかしい」「面倒なもの」と思ってなかなか台所に立てなかったり、本に書いてあるレシピにがんじがらめになってしまったりしては残念だなって思います。作ることの楽しさ、食べることの大切さに気づいてほしいな、と思います。
あとは、素材には旬のおいしい時期と、そうでない時期があります。この変化があることが、じつは大事なんです。毎日単純な生活だったら、飽きますよね。「今日は新米を食べるから、こうやって食べてみようか」と考える。そういうことを楽しめるといいなと思います。
家庭料理では、だしはとらなくてもいいです
日本料理では、かつお節や昆布からとる「だし」が主流です。なぜこれらの食材を使うのかといえば、うまみを感じやすい味が、ひじょうに短時間で抽出できるからなんです。つまり「だし」とは“うまみのある汁”と解釈してみてください。
だから家庭料理では、わざわざだしをとらなくてもいいですよ。汁にうまみがあればいいのですから。野菜を煮れば、素材からでる味にうまみはあります。白菜をひたひたの水で煮て、やわらかくなったところでミキサーにかける、これだってうまみのある汁、つまりだしになります。牛乳や豆乳、トマトジュースにもうまみがあり、だしとして使えばいいのです。
しかし残念なことにいまは情報によって、かつお節や昆布からとるものだけが正しい「だし」として解釈されてしまい、「こうじゃなきゃいけない」という考えに支配されているように思えます。
昔はみそ汁を作るために、わざわざ「だし」をとる家庭はなかったんです。どうしていたかというと、野菜をたくさん入れてうまみをだし、味が足りなければ、煮干や昆布を直接加えてうまみを出す方法をしていました。最後に加えるみそにもうまみがありましたから、それもだしになっていたわけです。100の家庭があれば、100の家庭に知恵があり、いろいろなうまみの汁があったはずなんです。
ところが昭和30年代以降、テレビ番組でだしをとる料理人のやり方を見て、一般の人もまねをするようになりました。それがあたかも正しいと思われるようになってしまったのです。また、顆粒だしのような手軽な科学調味料が売り出され、私たちは無意識のうちにその味に慣らされ、いつしかそれを使わないと物足りなさを感じるようになり、それがないとおいしくないと思うようになってしまったんです。
たとえば、白菜の漬けものを汁に入れたら、うまみと酸味がでて、それがだしになります。キムチ鍋なんかはまさにそれです。発酵した乳酸菌も調味料になります。日本茶にもうまみがあって、僕の店では新茶の時期、お茶のお吸いものをお出しすることもあるくらいですから。だから、かつおだしにこだわらなくてもいいんですよ、と僕はいいたいのです。
おいしい料理の秘訣は
料理をおいしいといわれるためには、やはり、素材を見る目がどうしても大事になってきます。そして料理を作るときに一番大事なことは高価な素材を使うことではなく、「考えること」だと思っています。「どうやったらおいしくなるか」ということを考えていくと、結局、素材をいかすころにつながるんです。
たとえば、カリフラワーと大根、小松菜、かぶはいずれも同じ酵素をもつ仲間で、調理をする温度に気をつけることで、持ち味を引き出すことができます。春菊は高温で加熱を続けると苦味がでてきてしまいます。
きのこも高温だと苦味がでるので、60~80℃の低温でゆっくり火を通すようにします。これらは日々の経験を通して僕が身につけてきたことです。「こういう場合は、こうすればいい」とその過程を自分の中にインプットし、だんだんと料理が作れるようになっていくものですから、台所に立つ経験を増やしていけば、みなさんも次第にわかっていくようになると思います。
ごぼうのアク抜きは必要ない
そういった経験から学んだことの中のひとつに、ごぼうのアク抜きがあります。
昔、料理屋では、ごぼうは白く仕上げるものでした。それが技でしたから。でも味の観点からみると、黒いほうがおいしんですよ。であれば、家庭料理では、おいしいほうがいいんじゃないかって思うんです。
ごぼうのおいしさは、香りとうまみです。水につけると黒くにごりますが、あれはアクではなくうまみ。ほかに抗酸化作用をもつポリフェノールも含まれています。味に影響が無いので、料理の見栄えを気にするのなら水につけるのもいいですが、長い時間つけておくと、栄養だけでなく、香りも失われてしまいます。だから、ごぼうはアク抜きは必要ない。
みなさんが毎日いろいろ忙しい現代です。ちょっとしたことでも省けると気持ちがラクになりませんか?
それと、大事なことをいい忘れました。ごぼうの香りは皮にあるので皮を包丁の背できれいにこすり落とすようなこともNGです。泥を落とし、たわしで軽くこする程度で充分ですよ。