今は東京に住んでいるのだけど、「いつかは北アルプスの麓で暮らしたい」と画策している。
理由はふたつあって、ひとつは単純に北アルプスが見える町で暮らしたいから。ふたつめは、麓の町に山小屋の友達が多く住んでいるからだ。
山小屋のスタッフは全国から働きに来るのだけど、麓の町が気に入って移住する人も多い。そのため、麓の町には山小屋スタッフやOBによる、ゆるいコミュニティ(のようなもの)が自然発生している。
私は、意図的にコミュニティを作ることには懐疑的なのだけど、山小屋の人が麓の町に住むのは、「コミュニティを作りたいから」じゃなくて「山の近くに住みたいから」だ。
そういう共通の目的を持った人たちが自然と集まるのは、すごく居心地が良さそうに思える。
北アルプスが見える町に移住したい!
以前は、移住するのは上の世代の先輩たちばかりだったけど、ここ数年で同世代の移住者がグンと増えた。
たとえば、以前このエッセイに登場したカンジも移住組だ。彼は関西出身だけど、山小屋で出会った彼女とともに麓の町に住んでいる。
以前、カンジと話していたときのこと。
「私は依存的で気力に乏しいから、夫にもしものことがあったら生きていけないと思う」
とネガティブなことを言うと、
「サキさんたちもこっちに移住してきたほうがいいですよ。ひとりじゃヤバいときでも、みんながいたらなんとかなる」
と言われた。
……たしかに。
通信手段が発達した現代、物理的な距離はさほど問題ではないと思っていた。けれど、「近所に助け合える友達がいる」って、お互いにとってすごく便利なことなんじゃないか。
友達が近所に住んでいれば、夫とケンカしたときに家に泊めてもらったり、弱ってるときに話を聞いてもらったりできる。私も、子どもを預かるとか、風邪のときに看病するとか、友達が困っているときに手助けできる。
ちなみに、今の家は東京のはしっこにあり、都心に出るにはバスと電車で1時間かかる。都内に友人はいるけど、「ご近所」にはいないのだ。
よく「人はひとりでは生きていけない」と言うけど、私も夫も頼りない人間のため、ふたりでも生き抜ける気がしない。だけど、仲間と支え合えばそこそこ生きていける気がする。近くに頼れる人がたくさんいる環境は、セーフティネットのようなものだ。
「スープの冷めない距離に、気楽に会える友達がたくさんいる」って、なんだかめちゃくちゃいいなぁ……!
私はだんだん、移住に憧れるようになった。
山の麓の町に移住するスタッフが多い理由
山小屋に長年勤めている人は職場結婚するケースが多く、麓の町で子育てしている家庭もけっこうある。それぞれの家庭は家族ぐるみの付き合いで、子供たちは生まれながらに友達だ。
また、移住後に山小屋を辞めて転職する人や、山小屋を辞めた後に移住してくる人もいる。
みんなが麓の町に移住する理由は、おそらくは私と同じで、「山の近くで暮らしたいから」と「すでに移住している知り合いが多いから」だと思う。
「山の近くで暮らしたい」というのは、そのほうが登山に行きやすいという利便性だけではない(私はたぶん、移住してもそんなに登山をしない)。山の近くにいると落ち着くのだ。
私の場合は、山なら何でもいいわけじゃなく、やっぱり自分がいた山(推し)の近くがいい。もしもあなたがオタクなら、「常に推しを眺められる場所にいたい」という気持ちは、共感できるのではないだろうか?
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