いだてん』第16回「ベルリンの壁」〜落語の上下とカメラアイ

脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、演出・井上剛、大注目のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」第16回「ベルリンの壁」。1914年、教員になる道を捨て、足袋の播磨屋に居候しながらプロフェッショナルのランナーとしてベルリンオリンピックを目指し始めた四三(中村勘九郎)。野口(永山絢斗)や徒歩部の後輩と共に、水しぶき走法など、より過酷な状況でも走り続ける修行に励む。そのころ、旅の師匠・小円朝(八十田勇一)に一座を追い出された孝蔵は、無銭飲食をして警察に逮捕される。獄中で偶然目にしたのは円喬(松尾スズキ)死去の記事。牢名主(マキタスポーツ)に芸を見せろと挑発されながら、孝蔵は円喬に教わった噺をこん身の力で披露。師匠との悲しすぎる別れが、彼を噺家として奮い立たせる。四三が練習に打ち込む一方で、ヨーロッパでは第一次世界大戦の規模が拡大していた──。


〈「いだてん」第16回「ベルリンの壁」あらすじ〉

1914年、教員になる道を捨て、足袋の播磨屋に居候しながらプロフェッショナルのランナーとしてベルリンオリンピックを目指し始めた四三(中村勘九郎)。野口(永山絢斗)や徒歩部の後輩と共に、水しぶき走法など、より過酷な状況でも走り続ける修行に励む。そのころ、旅の師匠・小円朝(八十田勇一)に一座を追い出された孝蔵は、無銭飲食をして警察に逮捕される。獄中で偶然目にしたのは円喬(松尾スズキ)死去の記事。牢名主(マキタスポーツ)に芸を見せろと挑発されながら、孝蔵は円喬に教わった噺をこん身の力で披露。師匠との悲しすぎる別れが、彼を噺家として奮い立たせる。四三が練習に打ち込む一方で、ヨーロッパでは第一次世界大戦の規模が拡大していた──。



 落語の小道具はいろいろなものになる。

 たとえば高座で汗をふく手ぬぐいは、噺の中で手紙になり、巾着になり、財布になる。 財布といっても一枚の布をたたんだものだから、握るとくにゃりとしぼんで、とても中身があるようには見えない。見えないが、その中身をあるように見せるのが「文七元結」という噺の見せ所だ。

 左官の長兵衛は博打が過ぎて借金が貯まり、年も押し詰まってとうとう首が回らなくなってしまった。娘は、親のためならと自ら吉原に自分を身売りしようとする。吉原の女将は、娘の気持ちをくんで、来年の盆までなら娘には手をつけないでおこうと、百両を借してくれる。百両と言っても落語の中の出来事だから、噺家が差し出すのはたたんだ手ぬぐいだ。

 帰り道、長兵衛が吾妻橋を通りかかると、一人の男が身投げをしようとしている。あわてて引き留めて訳をきくと、男は文七という奉公人で、お使いの帰りに百両の金をすられてしまった、主人に申し訳がないから吾妻橋の上から川に身投げをするところだという。百両ときいて長兵衛は、つい袖に手を入れる。着物の内側を拳がするするっと胸元へと動く。内側は見えないけれど、見ているこちらは、ああさっきふところに入れた手ぬぐい、いや百両に手をやったなとわかる。しかしその百両とこの百両は違う、その百両をここで使うなんて、あまりに浮世離れした、とんでもない考えだ。とんでもないが、百と百、符丁が合ってしまったので、着物の内側の拳は、何かをつかんでまた動き出してしまう。動いて動いて、ああ袖から拳が出たと思ったら握られているのはただの手ぬぐいだ。ところがそのへなへなの丸めた手ぬぐいが、もう百両の入った財布にしか見えない。

 一枚の布を百両に見せる人情噺、それは一文無しで牢屋に入っている自分にふさわしいのではないか。そこまで思い至ったかどうかはわからないが、牢名主に噺をきかせろと言われた孝蔵は、百両を落としたときいて百両を差し出すように「文七元結」を始めてしまった。頭から終わりまでしっかり演れば一時間近くかかる大ネタだ。しかも手元にあるのは、バナナの皮。牢名主が一席分の代金がわりに放り投げたバナナ、それをむさぼり食ってしまったあとの皮だ。手ぬぐいならハナから一枚布でさっぱりしているが、バナナの皮は、栄養たっぷりの実を失った、バナナのなれの果て。先が裂けてだらしなく垂れ下がったそのさまは、手ぬぐいよりもさらに、中身のなさが際だってなさけない。しかし今の孝蔵には、手ぬぐいすらない。バナナの皮で始めるしかない。

上下と切り返し

 落語の中の会話は「上下(かみしも)」で表わされる。上手から下手に向かって話すと長兵衛、下手から上手に向かって話すと文七。噺家は顔の向きを変えると同時にさっと表情を切り替える。もう百両をやるしかないと思っている長兵衛、もう身投げしかないと思っている文七、二人の表情の鮮やかな切り替わりが、噺家一人の顔で表される。

 一方、TVドラマの会話は「切り返し」で表される。あらかじめ役者は二人向かい合っていて、カメラの方がその二人をかわるがわる切り返して撮る。上下と切り返しの違いは、話者の切り替わるその瞬間に表れる。上下では、顔の向きが変わる刹那に一人の語り手の表情が別人になる、その鮮やかさが見所となる。一方切り返しでは、二人の役者はすでにそれぞれの表情を表しており、カメラが向けられるときにはすでに役者はふさわしい表情をしている。落語の上下は動、カメラの切り返しは静。

 孝蔵の噺の中にいつのまにか、亡くなった円喬師匠の語る姿が混じり込んでいる。東京を出立する日、プラットホームに見送りに来てくれた師匠。去り際に無理矢理煙草を投げつけるように押しつけていった師匠。その師匠が「文七元結」の長兵衛と重なる。そして自分は、いまにも身投げしようとしている文七、財布を投げつけられる文七だ。むろん、自分を噺の中の人物に見立てるような、そんなくせえやり方は噺むきではない。噺むきではないのだが、牢名主に「くせえかどうかを決めるのは客じゃねえか? うん?」と言われて、つい始めてしまった(それにしても、今回しか登場しないであろうマキタスポーツの牢名主の味のあること!)。

 孝蔵と円喬は、噺の中で二人になる。とはいえ最初はどちらも語り手で、どちらが長兵衛、どちらが文七と決まっているわけではない。「どうしてもその百両なきゃ死ぬってえのかい?」という長兵衛は孝蔵の語りで、「え、わたしも死にたくはないんでございますが」という文七は円喬の語り。「いいからこれ持ってけ」という長兵衛は円喬の語りで、「そんな大金持ってくわわけにはいきません」という文七は孝蔵の語り。一人の落語家が長兵衛、文七のどちらにもなり得るし、一人の長兵衛が円喬と孝蔵のどちらにもなり得る。長兵衛がふところの中で握った拳が、着物ごしにするするっと動くのが見えて、動いて動いて、袖から出たと思ったら財布が握られている。円喬の財布は手ぬぐい、孝蔵の財布はバナナの皮。

 ここで映像には見逃せない編集が施されている。

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今日の「あまちゃん」から

細馬 宏通
河出書房新社
2013-12-25

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今週の「いだてん」噺

細馬宏通

近現代を扱ったNHK大河ドラマとしては33年ぶりとなる「いだてん〜東京オリムピック噺〜」。伝説の朝ドラ「あまちゃん」と同じ制作チーム(脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、演出・井上剛)が、今度は日本人初のオリンピック選手・金栗四三と、6...もっと読む

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コメント

kisalagi758 https://t.co/tIKwO85uln 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

feilong 1件のコメント https://t.co/EO3fDxkD2R 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

horinyo 細馬先生の『#いだてん』第16回解説。森山未來さんの落語の演出を細部まで考察されてる。。凄い…✨ https://t.co/ZSkWHvFBhw 約2ヶ月前 replyretweetfavorite