大阪府庁舎「移転断念」の真相

国民の半数が被災者になる可能性がある南海トラフ大地震。それは「来るかもしれない」のではなくて、「必ず来る」。関東大震災の火災、阪神・淡路大震災の家屋倒壊、東日本大震災の津波。その三つを同時に経験する可能性がある。首都圏を襲う大地震も懸念される。
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「答えをもらう社会」への違和感

 私が建設会社の新入社員の研修のとき、高層ビルの設計でどうもおかしいと思うことがありました。そのままではいかにも耐震性が低い。
 「変じゃないですか」と私は先輩に聞きました。
 すると先輩は「みんなそうしているのだから、それでいいんだ」と答えました。
 他の建物が壊れるときは、自分の建物も壊れる。他の建物が壊れないときは、自分の建物も壊れない。そうじゃないと過剰設計をしたことになるのだと。自社だけ壊れてもいけないし、自社だけ最後に残ってもいけない。お客さんもそれを望んでいるのだから、と先輩に説教されました。
 先輩の言葉は、業界の「基準」としては間違っていません。建築基準法の「第一条」はこう書いています。

「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」

 法律が「最低限でいいよ」と言っているのです。だったら社会の意向に応じて耐震性もコストとの兼ね合いで考えればよい、というのが建築界の「常識」でした。それに疑問を呈した若かりし日の私は「非常識」でした。
 でも、それで本当に大震災から日本社会が守れるのでしょうか。

 熊本地震の激震地では、耐震基準が改正された1981年以降の建物でも、約6割が被害を受けました。理由は簡単。「基準」で考えているより強い揺れが来たからです。建築基準法を満たしているからといって、絶対に安全だとは言えない。しかし、そういう本当に大事なことを、声を大にして言う人が少ないのです。
 昔の人は家をつくるとき、ちゃんと自分で大工さんと話をしていました。お互いにホンネで話ができました。今は住宅メーカーに任せきり。ビルをつくるのも設計者やゼネコンに任せきり。ホンネはタテマエにすり替わります。地震対策のことだけでなく、日本は大事なことを言いにくい国になってしまいました。
 自分で考えずに、知りたいことだけ答えを求める社会。スマホで検索すれば答えが出ることに慣れてしまったからでしょうか、答えが明快な受験勉強のしすぎでしょうか。皆、現実を直視せず、虚構の世界に生きているようです。だから自然そのものの怖さを、みんな忘れてしまったのでしょう。
 映画『太陽の蓋』で、福島第一原発から電力会社の社員が撤退するかどうかをめぐり、「電力会社に撤退するなと言える権限は今の政府にない。どうやって法的に正しいと言えるんですか」と、官僚が官房長官に詰め寄る場面がありました。この官僚の主張も法的、政治的には間違っていません。
 日本は法治国家であるのは確かです。しかし、絶体絶命の事態だったら、法を超えた判断も必要だと私は思います。

 多くの優秀な官僚を私も知っています。彼らは若いときから猛勉強をして、どんなことでもすぐにマスターし、どんな状況でもその知識を生かせるスーパーマンのような人たちです。しかし、有事には知識が役に立たなかったり、足かせになったりすることもあります。頭の良い人ほど減らず口を叩くこと、できない理由を言うのが得意なことって、会議でよく経験しませんか。
 一方で、専門家は自分の知っていることが限定的だということを忘れて、自分は全部知っていると勘違いしがちです。限られた分野での先端の専門家と、薄く広く知っている官僚だけに舵取りを任せていたら、原発事故のようにろくなことにはなりません。両者がその間をつなぐ努力をする必要があります。

 専門一直線の人を「I」型人間だと表現すると、専門に加え多少の幅もあるのは「T」型人間、二つの専門を持つのは「Π」型人間と言えます。これに対して、多くの専門的な問題の本質を理解して、俯瞰的に考えることができるのは波型の「ゲジゲジ」人間とか「剣山」人間と言えましょうか。語感は悪いですが、今はこうした総合的な「目利き」のできる力を持った教養人が求められている気がします。

「言いっぱなし」はダメ

 教養人ということでは、3章で寺田寅彦を紹介しました。寺田は「天災と国防」をはじめ、防災について非常に先見性のある鋭い文章を残しました。素晴らしい教養人でした。ただし、その文章は誰に向けて書かれていたかというと、一般の人ではなくて、知識人に対して語り掛けていたように見えます。
 一方、関東大震災を予見した今村明恒は、自らの専門を小学校の教科書なども使って子どもや一般人に広く伝えようとしました。私財を投げ打って地震研究所をつくり、南海トラフ地震が来ると想定される地域の市町村長には手紙を書きました。
 今村は、研究分野に凝り固まらず、社会の実態に危機感を持って率先垂範をしました。関東大震災を事前に警告したのも、火災や家の構造など、地震学以外のことも勉強していたからです。アカデミズムに評価はされなくても、広く「社会のありようを変えたい」というのが今村の望みだったのでしょう。寺田と今村の差は、教養人と実践者の違いだと感じられます。

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この連載について

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次の震災について本当のことを話してみよう。

福和伸夫

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