九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【春雨】

ひらがなが降っている音がする。
千年に一度の邂逅を、わたしは竹筒の暗闇の中で待っていた。
――電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

 水滴の一生を線で描ききり一本の白濁した春雨



 ひらがなが降っている音がする。

 景色は霞んでいるのだろう。

 どんなに待っても誰も来ない。

 千年以上経ったのではないだろうか。

 あれから。


 あの時。

 下草を踏みしめながら近づいてくる彼の足音が聞こえていた。彼は再びの生を得たにも拘わらず、わたしを見つけられないまま時と交わり、翁になってしまっていた。

 翁になった彼は、斧でここを割って、幽閉されたわたしを救い出してくれるはずだった。

 前世でそう約束したから。

 千年に一度の邂逅を、わたしは竹筒の暗闇の中で待っていた。

 しかし、彼は寸前で踵を返してしまった。

 彼に気づかれなければ、わたしは息ができない。

 けれど、何かが足りなかったようだ。


 和太之、末川、安以、奈仁

 わたし、まつ、あい、なに


 かなしくてひらがなになった思いは、土に吸われ、竹に吸われ、笹になり、花になる。

 春雨がはるさめになり、ひらがなだけがあたたかく、やさしくふりつづいている。

 ちくりんぜんたいに。




 年輪のない竹は百年に一度花乱れ咲いて一次元を増す



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新潮社
2019-01-18

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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