水滴の一生を線で描ききり一本の白濁した春雨
ひらがなが降っている音がする。
景色は霞んでいるのだろう。
どんなに待っても誰も来ない。
千年以上経ったのではないだろうか。
あれから。
あの時。
下草を踏みしめながら近づいてくる彼の足音が聞こえていた。彼は再びの生を得たにも拘わらず、わたしを見つけられないまま時と交わり、翁になってしまっていた。
翁になった彼は、斧でここを割って、幽閉されたわたしを救い出してくれるはずだった。
前世でそう約束したから。
千年に一度の邂逅を、わたしは竹筒の暗闇の中で待っていた。
しかし、彼は寸前で踵を返してしまった。
彼に気づかれなければ、わたしは息ができない。
けれど、何かが足りなかったようだ。
和太之、末川、安以、奈仁
わたし、まつ、あい、なに
かなしくてひらがなになった思いは、土に吸われ、竹に吸われ、笹になり、花になる。
春雨がはるさめになり、ひらがなだけがあたたかく、やさしくふりつづいている。
ちくりんぜんたいに。
年輪のない竹は百年に一度花乱れ咲いて一次元を増す
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