第24回】青山の上に、お城があるのよ

岡田育さんの大好評エッセイ、今回は岡田さんが子ども時代に多くの時間を過ごした「こどもの城」について。東京ディズニーランドよりもこどもの城が好きだったという岡田さんが、夢の空間で出会った少女の思い出を振り返ります。一度は子どもだったすべての大人に読んでほしい一編です。

 東京青山に「こどもの城」という児童向けの施設がある。厚生省が国際児童年(1979)を記念して計画し、1985年にオープンした国立総合児童センター。敷地内に青山劇場と青山円形劇場を擁し、エントランスにある岡本太郎のモニュメント「こどもの樹」でもよく知られる。平たく言うと、都心の一等地にあるうんと大きな規模の児童館だ。開館当時、私は5歳。何の目的でいつ建てられたどういう建物かは、つい最近までまったく知らずにいた。それでも、できたてほやほやだった「こどもの城」は、私にとって多くの時間を過ごした忘れ得ぬ思い出の場所である。

 入城料を払うと一日中、好きなだけ屋内で遊ぶことができる。プレイホールには巨大な木製アスレチックがあり、造形スタジオとギャラリーがあり、プールやジムがあり、変形自転車やネット遊具をそなえた屋上遊園もある。アニメやドキュメンタリー、海外の教育映像などを個室で鑑賞できるビデオライブラリーもある。巨大な絵を描いたり珍しい楽器を演奏したりするワークショップ、専門性の高い教育プログラムなどを受講することもできた。大きすぎたり、高価すぎたり、斬新すぎたりして、親や学校が直接に買い与えてはくれない、けれど子供の好奇心と知的興奮を呼び覚ます、そんなさまざまなものを体験できる場所だった。

 たとえば私はここで、我が家にはまったく縁のなかったコンピュータというものに好きなだけ触れる初めての機会を得た。幼いうちは描画ソフトでのお絵描きに熱中し、無茶な操作でエラーを出しまくって係の大人を呼びつけ、高学年になると本格的な機材の揃った音楽スタジオでDTMの初歩を学んだ。楽譜の通りに一音ずつ打ち込めば、子供の十本指でオーケストラが奏でられる。つくば科学万博も終わり、冷戦も昭和も終わり、とうとう未来が来たのだから、もうピアノの運指なんか習わされてる場合じゃないし、地元の公園に併設されたしょぼい区立児童館なんかじゃ遊んでいられないわ!

 ほぼ同時期にできた二つの「夢と魔法の王国」のうち、すべてを提供してもらえる東京ディズニーランドよりも、自分で面白さを発見していく青山こどもの城のほうが、私は好きだった。それに舞浜と青山では、立地がまるで違う。バブル絶頂期の渋谷や表参道を抜けてこどもの城へ通うのは、それ自体が無上の歓びだった。

 1985年に5歳。1990年に10歳。バブル景気と聞いて湾岸や西麻布の夜景を懐かしく思い出す年齢ではない。私が懐かしむバブルとは、親があちこち出かける間に預けられていた、こどもの城での思い出だ。あるいは、その帰途に立ち寄ったナウな店・無印良品で買える銀色無地のポテトチップス袋、セントラルアパート前ですれ違った山口小夜子みたいなカラス族のおねえさん、クレヨンハウスに揃っている世界中の絵本や児童書、そこに描かれたどんな外国の子供より豊かな暮らしぶりの自分、……といったことだった。さして贅沢をしたわけでもないのに、街を歩いているだけで贅沢な空気が流れてくるので、それをただ吸って吐いた。今では文字通り夢のような話だが、そんな時代を私も少しだけ憶えている。

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ハジの多い人生

岡田育

趣味に対する熱量の高いツイートと時事に対する冷静な視点でのツイートを自在に繰り出すWEB系文化系女子okadaicこと岡田育。 普通に生きているつもりなのに「普通じゃない」と言われ、食うに困らず生きているのに「不幸な女(ひと)」と言わ...もっと読む

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コメント

ryuuki21c  そういえば、よく通る青山通り沿いにそんなお城があった。岡本太郎でピンと来ることでキャッチーな、もうひとうの「夢の国」が。 5年弱前 replyretweetfavorite

monzetsu0  なんだかわからないけど、読んでいると涙が出てきた。 記事内容には全く身に覚えがないにも関わらず。 5年弱前 replyretweetfavorite

FM_the_pooh お互い知らない間柄だけどこの場所では仲良し、みたいな関係あったなぁ。彼らと遊んでいる時は、自分が自分じゃないみたいだった。 5年弱前 replyretweetfavorite

garagevoice 3カ月前の記事を今頃熟読したわけですが、や、グッときた。子供が子供でいられる時間と場所の話。そういうものは、マーケティングから逃れたところに存在する。 5年弱前 replyretweetfavorite