いだてん』第15回「あゝ結婚」〜大竹しのぶの魅力を引き出す演出

脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、チーフ演出・井上剛、大注目のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」第15回「あゝ結婚」。兄・実次に呼ばれて熊本に帰った四三を待ち受けていたのは、夫の重行を亡くしたスヤとの見合いだった。重行の母・池部幾江と実次に強引に押しきられる形になったものの、互いに好きだった四三とスヤは晴れて祝言をあげる。しかし四三はスヤを残して東京へ。一方、地方巡業で浜松に来た孝蔵は、観客の中に落語好きの生意気な中学生を見つける。

〈「いだてん」第15回「あゝ結婚」あらすじ〉
 兄・実次(中村獅童)に呼ばれて熊本に帰った四三(中村勘九郎)を待ち受けていたのは、夫の重行(髙橋 洋)を亡くしたスヤ(綾瀬はるか)との見合いだった。重行の母・池部幾江(大竹しのぶ)と実次に強引に押しきられる形になったものの、互いに好きだった四三とスヤは晴れて祝言をあげる。しかし四三はスヤを残して東京へ。次のベルリンオリンピックで勝つために、四三はスヤの理解を得て練習に打ち込む。その姿と重なるように、浜松の浜名湖では、河童かっぱ軍団と称する若者たちが日本泳法の稽古に励んでいた。ちょうど旅で浜松にいた孝蔵(森山未來)は、自分の寄席をよく見に来ていた少年を河童たちの中に見つける。(番組公式HPより)



 冒頭から幾江のことばにやられてしまった。

 大竹しのぶの、ときに強く、ときにしみじみと息子を喪った自分を語る声は「とつけもにゃあ」。考えてみると、「いだてん」の中で幾江とスヤの気持ちの通い合いを描いた箇所は、これまでごくわずかだった。この二人のやりとりと言われてはっきり思い出せるのは、新婚の翌日、スヤに井戸から顔を洗う水を汲んでくること命じる幾江の、つっけんどんな調子くらいのものだ。それが、今回の冒頭で一気に、幾江のスヤに寄せる思いが明らかになった。しかも、それがどういうわけか、けして後からとってつけたような急ごしらえに聞こえない。なぜだ。

 大竹しのぶの演技がすばらしかったのはもちろんのことだ。けれど、その台詞と演出にもまた、幾江の思いに切実さをもたらすしくみがあった。今回はそのしくみを考えていこう。

幾江の話法

 幾江と実次は、亡き重行の代わりに四三を池部家の養子として迎え、田んぼも財産も相続させ、その上で四三とスヤを夫婦にさせようとしていた。田んぼとスヤを秤にかけるようなやり方に納得のいかない四三に幾江はこう言う。「四三さん、のぼせなさんなよ。おるが欲しかとは、スヤたい。あぁたじゃなか」。ドスをきかせた声で四三を圧倒したあと、急にポンとピアノが鳴り、サイン波が忍び込んでくると、幾江はさっと語りの調子を落とし、微かな自棄で自分を突き放すように言う。

 幾江の息子、重行が夏に死んだのち、嫁のスヤは石貫の実家に帰っていた。夫を早くに亡くし、一人息子まで亡くしてしまった幾江は、一人ぼっちになってしまった。

 「重行ば死んで、こんうちにおる理由がのうなったけん…。ばってん、こぎゃん大きか屋敷に一人でおってみんか。そりゃもう…たまらんばい」。

 自分の寂しさを隠すことなく打ち明けてから、幾江は続ける。

 「いっぺんに二人もおらんようになって、おるはもう、いっそ死んでしまおうか…うんにゃ、死ぬわけにはいかん。そぎゃんことぐるぐる考えて、菊池川ばどんどん遡って…気ぃ付いたら、スヤの家まで来とりました」。

 ここだ。この台詞をどのようなショットで割るべきか。普通に演出をするなら、まずふらふらと歩く幾江を捉え、菊池川沿いの景色に切り替え、それをどんどん遡り、そしてスヤの家に切り替えて、そこにたどりついた幾江を撮るところだろう。しかし、今回演出の一木正恵は別のやり方をとる。まず「うんにゃ、死ぬわけにはいかん」までは、場所はあくまで池部家で、語り手である幾江のクローズアップで撮る。そして「そぎゃんこと」のところからは、魂が抜けたように家並みを見ながら歩いている幾江を撮る。台詞は「ぐるぐる考えて、菊池川ばどんどん遡って」なのだが、もう幾江はスヤの家のすぐそばまで来ている。ただしその目線は定まらず、あたりをうろついており、「気ぃ付いたら」ではっと正面に何かを捉えて動かなくなる。演出は、幾江が目線も合わぬほど魂が抜けていたこと、そして気づきが起こったことに注力している。だからむやみとショットを切り替えずに、ふらふらと家並みを歩くところを長く撮り、対照的に「気ぃ付いた」直後ではすばやくショットを切り替え、カメラを幾江の後ろに移すのだ。幾江は何に「気ぃ付いた」のか。幾江の頭越し、塀越しに、洗い物をしている女の後ろ姿が見える。間髪を入れず幾江は言う。「スヤの家まで来とりました」

 さあここで、台詞の語尾に見逃せない変化が起こっている。これまで幾江はずっと「けん」「みんか」「ばい」と熊本弁の常体で語ってきた。遠慮のない強いことばで語ることで、幾江のことばはそれまで、四三と実次に宛てられているかのように響いていた。それがこの、スヤの家にたどりつくところだけ、「来とりました」と、いきなりですます調の敬体になる。まるで眼前の四三と実次だけに宛てるのではなく、話に耳を傾けている者全員に、つまりわたしたちに、物語っているように聞こえる。演出はこの、脚本に埋め込まれた語尾の変化を逃さず捉えた。そして、常体の部分では四三と実次のいる池部家の幾江を捉えておいてから、ですます調では過去の回想場面へと時空間をぽーんと飛ばす。この演出によって、回想部分は見る者の物語へと開かれる。

 そして、「ですます」の決定打がくる。

「鍋ば洗っとったとです」。

 誰が、という主語は省略されている。それに呼応するように、演出は顔を撮らずに、ただ後ろ姿だけを見せる。見る者に、鍋を洗う後ろ姿が焼き付く。
 そして、幾江は、その顔の見えない後ろ姿に名前を与えるように、この回想ショットで唯一の声を放つ。

 「スヤ…」

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今週の「いだてん」噺

細馬宏通

近現代を扱ったNHK大河ドラマとしては33年ぶりとなる「いだてん〜東京オリムピック噺〜」。伝説の朝ドラ「あまちゃん」と同じ制作チーム(脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英、演出・井上剛)が、今度は日本人初のオリンピック選手・金栗四三と、6...もっと読む

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コメント

live_at_budokan 先週の「いだてん」、百合とはまた異なった、女性同士の力強い愛情の形(大竹しのぶ→綾瀬はるか)がとても新鮮だった。細馬さんの丁寧な読み解きでそれを反芻。| 7ヶ月前 replyretweetfavorite

kisalagi758 https://t.co/9lGhSAz9ZB 7ヶ月前 replyretweetfavorite

gen3tok すばらしい。今週の「いだてん」噺。 https://t.co/puAuX0BszX 7ヶ月前 replyretweetfavorite

pingadegogo 細馬先生のいだてん評、毎週楽しみにしています。→ 7ヶ月前 replyretweetfavorite