「自分がない」人
心のトラブルをかかえてクリニックに来る思春期の人たちに、ぼくは聞きます。「自分ってなんだと思う?」と。
「いやあ、たくさんあります。だから簡単には答えられないです」という答えが多い。
「では、自分のいいところを挙げてみて」と言うと、言葉に詰まります。悪いところはたくさん言えるのですが、いいところが言えない。
こういう人は、自我がうまく形成されていません。だから、自分の心の境界線もよくわからないのです。
なぜそうなってしまっているのか。
生育環境で、自我をうまく育てることができなかったのです。
原因としては3つのことが想定されます。
一番目は、過保護、過干渉で育ったケース。
二番目は、幼いときに心に深い傷を負うようなトラウマ体験(虐待、ネグレクトなど)をしていて、それを引きずっているケース。
三番目は、もともと気質的に敏感で人の気持ちを読みとりやすいというケース。
どうしてそうなってしまいやすいのか説明します。
●過保護、過干渉の場合
幼児期に何かをやろうとする前に「○○ちゃん、これをやりなさい」「あれをやりなさい」「あなたにはこれが合うと思うよ」と、親が先回りして道をつけすぎてしまうと、それが自分自身のやりたいことなのか、親から言われるからやっているのかがわかりません。
成長の過程で反抗期を迎えて、「自分はそうしたいんじゃない」と言えるようになる子はいいのです。それが言えないまま育っていくこともあります。最近、反抗期のない人がけっこう増えているのです。
「親が言うことが正しいんだろうな」と流されてしまいやすい人は、親の意向が自分自身の望んでいるものなのかどうか、判断ができなくなっています。それが本当の自我なのか、つくられた自我なのかの区別がつかないのです。
●心にトラウマがある場合
幼い子どもにとって、親は自分にとって生命線です。見捨てられたら生きていけません。深く心が傷つけられる経験をしていると、大事な人に対して、「自分がいうことをきかないと、見捨てられるのではないか」という強い不安を感じます。つらくても、自分が相手の言いなりになっていれば、見捨てられないで済むのではないかという気持ちが奥底にあるわけですね。
5歳ころのことでも、ずっと心に残りつづけて、その人の生き方に影響すると考えられています。
友だちからいじめられてもその集団から離れることができないとか、好きな人から暴力をふるわれるなどのひどいことをされても別れることができないという人は、トラウマ的なものの影響が心にかげを落としていることがほとんどです。
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