泥だらけの缶詰が全国の復興支援イベントで大人気

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、人と人をつなぎ、全国に広がり、洗われ、販売され、工場再建のきっかけとなります。 震災で希望を忘れなかった人と、手と心を差し出した人情商店街の人々がつながった感動の物語です。(バナーの写真:佐藤孝仁)

 メディア露出のおかげで、ゴールデンウィーク中は、石巻を目指すボランティアの数が非常に増え、工場跡地の缶詰掘りと洗いの作業にも拍車がかかった。水道が復旧したエリアが増えたことで、石巻でも缶詰洗いが可能となったのは大きな進歩だった。4月中は、経堂、石巻での缶詰洗いの成果は、週に1000缶から1500缶くらいだったのが、5月に入ると1万缶を超える週もあった。1万缶を300円と交換すると単純計算で300万円となる。1ヶ月で1200万円。震災前に心を込めて作った缶詰を原資として、木の屋は企業活動を再開したに等しい状況にまでなってきたのだった。

 前述した、①缶詰の確保(もっとたくさん缶詰を掘って洗う)がクリアされると、次は、②販売数の増加(販路の拡大、売り方の工夫)のレベルアップが大切だった。

 ゴールデンウィーク中のテレビやラジオの報道で我々の活動を知ったメディア関係者から毎日のように電話が入り、そのすべてに対応した。打ち合わせの結果、取材が成立したりしなかったりはあったが、成立した場合は、取材先のアポ取りや撮影の交渉をはじめとしたロケの裏方を引き受けた。連休後のメディア露出の事例は、以下のとおりである。

5月11日 「下北沢経済新聞」〈「木の屋カフェ」〉

  16日「東京新聞」〈缶詰洗いと「木の屋カフェ」〉

  18日 「房総時事新聞」〈木更津での缶詰洗い〉

  19日 「朝日新聞(夕刊)」〈経堂の缶詰洗いと「さばのゆ」の活動〉

  19日 「日刊水産経済新聞」〈水産業復興シンポジウム〉

     「スーパーJチャンネル」(テレビ朝日系)〈経堂の缶詰洗いと「木の屋カフェ」〉

20日 「めざましテレビ」(フジテレビ系)〈お台場の缶詰販売イベント〉

21日 「朝日新聞 宮城県版」〈経堂サバ缶〉

22日 「ニュース」(テレビ朝日系)〈経堂の缶詰洗い〉

23日 「ニュース」(ラジオ日本) 〈経堂の缶詰洗い〉

  24日「はなまるマーケット」(TBS系列)〈経堂の缶詰洗いと個人飲食店の缶詰メニュー〉

     「日刊水産経済新聞」〈めざマルシェイベント〉

  25日 「長崎新聞」〈木の屋長崎缶詰販売会〉

6月8日「Nスタ」(TBS系列) 〈経堂の缶詰洗いと「木の屋カフェ」〉

     「news every.」(日本テレビ系) 〈経堂の缶詰洗いと個人飲食店の缶詰メニュー〉

     テレビ「クローズアップ現代」(NHKテレビ総合)

 ゴールデンウィーク後、全国放送のテレビや新聞の全国版に取り上げられたことは、かなりの追い風になった。「朝日新聞」、「はなまるマーケット」(TBS系列)、「news every.」(日本テレビ系)、「クローズアップ現代」(NHKテレビ総合)などは、特に反響が大きかった。新聞の配達時間、テレビのオンエア時間が過ぎると電話がかかってきて、大半が「石巻の缶詰工場のために何かしたい」という内容だった。

 その頃、増えてきた注文の特徴は、大量買いだった。もともと地方発送は、段ボール箱1ケース24缶を単位としていたが、一度にたくさん買ってくれるお客さんが増えてきた。全国で復興支援イベントが盛り上がり、「洗った缶詰を売って、売り上げをそのまま義援金としたい」という問い合わせが相次いだ。音楽をはじめとした各種ライブや落語会、フリーマーケット、演劇、アート展などでも、缶詰を売ってくれる人が増え、箱買いする人たちが毎日やって来た。

 私が電話を受けた中には、こんな案件もあった。「娘の結婚式の引き出物に缶詰を使いたいので、100缶ほど送ってほしい」「高校卒業50周年の同窓会があるので200缶ほど送ってほしい」など。

 他に意外なところでは、千代田区の東京會舘にて行われた落語立川流の落語家・立川キウイ真打披露パーティにも、お土産として洗った缶詰200缶と宮城の日本酒のセットが配られた。これは、震災前から木の屋の鯨料理とのコラボ落語会を開催していた立川談四楼師匠の心づかいだった。

 震災前からつながりのあった全国の人たちも積極的に缶詰を売ってくれた。九州では福岡県が熱かった。北九州市では、小倉を代表する繁華街・鍛冶町のワインバー「KENS’ WINE」の小川研次さん、小倉駅北口「カフェカウサ」の遠矢弘毅さんが缶詰を仕入れて酒の肴として売ってくれた。久留米では、久留米の街おこしにも力を注ぐ豆津橋渡さんが、イベントでの販売を積極的に行ってくれた。

 大阪では、コピーライターの西林初秋さんが、肥後橋のバー「立山」を週に1度の復興バーとしてイベント営業を行った。辻調理師専門学校の協力による缶詰料理が人気で、6月後半に約56万円の寄付金を木の屋に贈った。

 奈良では、「CAFE WAKAKUSA」や、「国際ソロプチミスト奈良−まほろば」のみなさんが、洗った缶詰を引き取って販売してくれた。

 ゴールデンウィークから夏にかけては、野外の音楽イベントが盛り上がる時期。そこでも、木の屋の缶詰を売る支援の輪は、北海道から沖縄まで全国に広がった。

 6月8日にオンエアされた「news every.」(日本テレビ系)の特集は、 経堂の缶詰洗いと個人飲食店の缶詰メニューがテーマだった。取材に来たのは、ジャニーズ、「NEWS」の小山慶一郎さんで、この反響も大きかった。小山さんは、親身になって震災前からの話を聞いてくれたうえ、一緒になって缶詰を洗い、近所のダイニングバー「EL SOL」のサバ缶料理を食べてくれた。移動の途中、近くの女子高の下校時とぶつかり、女子高生集団の「キャー! 小山くんだ!」という絶叫が経堂駅北口に響き渡った。

 特集がオンエアされた翌日から、若い女性たちが、洗った缶詰を買いに「さばのゆ」に押し寄せた。番組に出た飲食店を巡る女性の2人組も現れるなど、ジャニーズファンの行動力にも恐れ入った。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

過酷な震災にも希望を忘れなかった人々と、手と心を差し出した人情商店街の感動の物語

この連載について

初回を読む
蘇るサバ缶〜震災と希望と人情商店街〜

須田泰成

東日本大震災による大津波は、宮城県石巻市にあった木の屋石巻水産の工場を壊滅させました。掘り出された缶詰は、東京・世田谷の経堂に運ばれ、商店街の人々の協力で磨き上げられ、1缶300円で販売されました。「希望の缶詰」と呼ばれたその缶詰は、...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Mikituko5 小山慶一郎さん、 東日本大震災を取材してくれて 忘れないでくれて ありがとう 感謝だよ あなたが伝える意味 こんなに尊いんだね https://t.co/qCS4tzdgBO 15日前 replyretweetfavorite

purple_mass お友達に教えて頂きました。 慶ちゃんが取材した時のお話もされています^^ 16日前 replyretweetfavorite

shouheimama1118 https://t.co/ev0uafcUFL 16日前 replyretweetfavorite

nskdharu69 慶ちゃんのこと書いてあるの嬉しいね😭 16日前 replyretweetfavorite