左:北野唯我さん 右:かっぴー さん
「天才」には必ず、支えてくれる「秀才」がいる
北野唯我(以下、北野) いきなりですけど、拙著『天才を殺す凡人』の生みの親は「左ききのエレン」なんじゃないかっていうくらい、僕はかっぴーさんの考え方に共感しているというか、シンクロするものがあると思っているんですよ。
かっぴー いやあ、嬉しいです。
北野 もともとは、僕が1年ぐらい前にその本の原型となる「凡人が天才を殺すことがある理由」という記事をブログにアップして。そうしたらかっぴーさんが「色々内容が重なり過ぎて泣きそうになった。こういう話を描きたいと思って始めたので」ってツイートしてくださったんですよね。
かっぴー そうそう。
北野 もちろん僕は、当時から「左ききのエレン」を存じ上げていたので、「かっぴーさん反応してくれた!」って嬉しくなって、その勢いでコンタクトをとって渋谷で一緒にごはんを食べたっていう。
かっぴー そうでしたね。
北野 そのときは漠然と「『天才』と『凡人』という図式は、いろんな分析に使えそうですよね」みたいなお話をさせてもらったんです。で、あれから1年経って、そのブログエントリーを物語形式に再編し、『天才を殺す凡人』という一冊の本にしました。出してみて改めて思ったのは「これ、僕の理論をかっぴーさんが見てる世界と照らしあわせながら、『左ききのエレン』の話をしたら、面白いんじゃないか」と。それで勝手にこんな図解まで作ってきちゃいました。
で、本の中で語っている、僕が考える天才、秀才、凡人の定義はこうなんです。
①天才:「創造性」で評価される。独創的な考えや着眼点を持ち、人々が思いつかないプロセスで物事を進められる人。
③秀才:「再現性」で評価される。論理的に物事を考え、システムや数字、秩序を大事にし、堅実に物事を進められる人。
⑥凡人:「共感性」で評価される。感情やその場の空気を敏感に読み、相手の反応を予測しながら動ける人。
※以後、文中の丸で囲んだ番号は、上のベン図内の番号に対応しています。
かっぴー 僕は「左ききのエレン」のキャラクターをこういうふうに分類はしていなかったんですけど、なんとなく“才能図鑑”みたいなイメージで描いてはいて。つまり、いろんな才能があって、「凡人」であることも含めてひとつの才能だと捉えていたところがあるので、この図解はすごいわかります。
北野 まず才能に関していうと、かっぴーさんと僕に共通する見解として、「天才は一人では生きられない」というのがあると思うんですよ。
かっぴー ああ。僕はそれ、最初は自分で意識していなくて、描いてる途中で気づいたんです。劇中において、「一人で生きられない天才とそれを支える秀才」という構図で象徴的なのは、山岸エレンと加藤さゆりですね。だけど、ああやってバディを組むって構想はあったものの、実際にやるかどうかは悩んでいたんです。だから原作版(※cakes版)でも当初、エレンのマネージャーが出てくるシーンでは顔は見せないようにしていて。
(「左ききのエレン」7話より、エレンとマネージャーがパパラッチに囲まれるシーン)
北野 はいはい。
かっぴー つまり、後でさゆりをエレンのバディポジション(マネージャー)に据えるなら伏線になるし、据えないなら、単にマネージャーの顔を描いてないだけっていう、どっちでもいけるようにしていました。で、やっぱり途中で「エレンは一人じゃムリだな」と。さゆりを彼女のバディに格上げする流れを考えはじめたときに、それまで僕が描いてきたエレン以外の天才的なキャラクターにも、必ずバディがいることに気づいたんですよ。
北野 それまでは無自覚に描いてたんですね。
かっぴー そうそう。「普通いるでしょ?」くらいの感じで。でもそれが、途中から劇中のある種のセオリーになったというか。天才が現れたら、それを支えるバディが必ずいる。だから「左ききのエレン」には、孤高の天才みたいなキャラクターはいないんじゃないかな?
北野 デザイナーの柳一は?
かっぴー ああー。でも、柳には山下がいるんですよ。忘れがちだけど。
(「左ききのエレン」17話より、元上司・現部下の山下にキツイ指示を出す、柳一)
北野 そうか、いびつな関係性ではありますけれど。柳は、僕の本でいうと「②エリートスーパーマン」に該当するのかなって思ったんです。天才と秀才の素養を併せ持っている、つまり創造性と再現性はあるけれど、共感性が1mmもなく、人間の感情というものにまったく興味がない。でもこの分類でいうと、かっぴーさんの中で、柳は天才になるんですか?
かっぴー 僕の中では天才ではないですね。この「⑤最強の実行者」ってどんなイメージですか?
北野 再現性と共感性があるので、ロジックにも強いし、人の気持ちもわかる。だけど創造性に欠けるから、クリエイティブな発想はできない人ですね。『天才を殺す凡人』の中では「一番モテるタイプ」って言っています。
かっぴー なるほど。
北野 だから、広告営業の流川俊なんて「ザ・最強の実行者」な気がしていて。
かっぴー ああ、そうかも。
(「左ききのエレン」9話より、流川俊)
北野 流川は天才ではなく秀才タイプだし、劇中でも描かれているように、天才に対してコンプレックスがありますよね。僕の本でも「秀才は天才に対して妬みと憧れという相反する感情を抱いている」と書いているんです。で、そのコンプレックスを乗り越えられれば、天才を支える強力なパートナーになれるけど、逆に拗らせちゃうと、天才を殺す「④サイレントキラー」になってしまう。たとえば天才が独創的な発想でイノベーションを起こそうとしても、それを妬む秀才が、KPIみたいな数字やロジックを駆使して、彼らを封殺しちゃう。
かっぴー なるほどね、映画『アマデウス』みたいな。
北野 そう、まさに『アマデウス』ですね。
キャラクターを描くとは、“差分を描く”こと
北野 なぜ、天才は一人では生きられないんだと思いますか?
かっぴー うーん……。たぶん、天才も、凡人と呼ばれている人も、持っている才能の総数は変わらないんですよ。たとえばバトルマンガみたいに、凡人の戦闘力が100で、天才の戦闘力が10,000ってことではなく、みんなが100の才能を持っていて、ただその割り振りが違う。だから一つのステータスに突っ込みすぎると、それ以外のステータスが足りなくなって、なにかしらの欠点が目立ってくるし、たぶん生きていくのにも支障が出る。
かっぴー そういう意味でいうと、たとえば神谷雄介は、あるベクトルでは最強キャラなんです。彼が最強たるゆえんは、才能の割り振り方が抜群にうまいことにある。
(「左ききのエレン HYPE」4話より、アントレースとして活動する神谷雄介)
北野 神谷は、僕の本でいうと「⑨すべてを理解する者」かなと思ったんです。『天才を殺す凡人』でいう、「ケン」というキャラクターなんですが、全部わかったうえで動いているというか、必要に応じて才能を使い分けている感じがして。
かっぴー そうですね、神谷はバランスタイプなので。逆に、エレンは絵の才能にほぼ全振りしちゃっているので、かなり危ういんですよね。あかりも才能の割り振りはエレンと非常に似ているんですけど、その精神性は違うというか……。あかりの場合は、自分の人生を受け入れている。それがあかりの強さだなっていう。
北野 その精神性の違いって、キャラクターを作るにあたって、あらかじめ分類してるんですか?
かっぴー 分類はしないですね。僕の場合は、ある関係性における“差分を描く”という作業になるので。だから逆に、似ているところを見つけたら、それも描くんですよ。たとえばエレンがあかりのファッションショーを見にいくシーン。当初の予定では、ただエレンがショーを企画した朝倉光一にキレて帰ってくるってだけだったんです。でも、描いている途中に「ランウェイを歩いてるあかりを見たら、エレンはきっと反応するな」と思って。じゃあどう反応するんだろうって考えたときに、鼻血が出たんですよ(笑)。
(「左ききのエレン」21話より、ファッションショーであかりを見て突然、鼻血を出すエレン)
北野 ははは(笑)。
かっぴー 鼻血が出た以上、もうエレンはあかりを描かないわけにはいかないなって。だから、あの場所にエレンを向かわせたところまでは計画通りだったんですけど、ショーが始まってからは僕も、描きながら「あれ? エレンがあかりのほうに行っちゃった。光一かわいそうだな」って思ってました。
北野 光一は完全に蚊帳の外でしたからね。
かっぴー そう。エレンにキレてすらもらえず(笑)。だから、北野さんが用意してくださった図解のようにキャラクターを振り分けているわけではないですね。各キャラクターのイメージが固まってくるにつれて、キャラクター同士の差が見えてきて、その結果、僕自身の視点も変わっていくっていう感じですかね。
天才の二つの弱点
北野 以前、『天才を殺す凡人』の出版に際して取材を受けたときに、記者の方から「私たち凡人は天才のためになにができるんですか?」という質問をいただいたことがあるんですよ。そこで僕は「関係性が遠いのであれば、まずなにもしないことが一番です」と答えたんです。
かっぴー はいはい。
北野 なにもしない=邪魔しないということなんですけど。要は自分の人生を生きるというか、自分の人生に忙しくなっていればいい。結局、Twitterとかのクソリプ問題もそうだと思うんです。自分の人生に忙しくないと、ヒマだと、天才の足を引っ張っちゃったりするんじゃないかって。で、逆に天才と関係性が近いのであれば、彼らを支えるという選択肢もある。僕は、天才には明らかな弱点が二つあると思っていて、一つがルールや法律といわれるものなんですよ。
かっぴー ああ、そうですね。
北野 ルールや法律は学習しないとわからないから、秀才の得意とする分野なんですよね。もう一つの天才の弱点は、人を見る目が全然ないこと。天才は往々にして幼いころから孤立しがちで、人について学ぶ機会が少ない。だから、誰が味方で誰が裏切り者かとか、そういうのがわからずコロッと騙されちゃう、みたいな。そこは「共感性」に秀でた凡人がサポートできる領域なんです。
かっぴー 秀才は社会のルール的な側面で、凡人は人間関係的な側面で、それぞれ天才を助けられると。
北野 まさに。それって裏を返せば、先ほどかっぴーさんがおっしゃっていた天才の「欠点」や「危うさ」と通じる部分があるのかなと。
かっぴー そうですね。天才にはなにかが足りないはず。全部できる人間なんて絶対いないし……いるのかな? 僕は会ったことないけど。
北野 かっぴーさんは、なにができないんですか?
かっぴー 僕はだいたいのことができないです。今日も家を出てくるとき、嫁に「あなたはほんとになにもできないのね。もうなんか、のび太くんに見えてきたわ」って怒られてきたばっかりなんですよ(笑)。
構成:須藤 輝
<次回は4月29日(月)更新予定>