チェルノブイリは議論を尽くしたうえで浮かび上がろうとしている
東浩紀(以下、東) 今日はありがとうございます。また半年ほどご無沙汰してしまいました。
宮台真司(以下、宮台) お久しぶりです。社長としてもバリバリとお仕事をされているようで、物理的にもさらに大きくなられたような……。
東 物理的に大きくないと、社員に威圧感を与えられないもので(笑)。
宮台 あははは、やっぱりそういうものですか。
東 今日は弊社『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』の発刊記念イベントということでお越しいただきました。けれどもあいにく発刊が延びてしまいまして……。ゲラをお送りさせていただいたんですが、パラパラとでも読んでいただけたでしょうか。
チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1
宮台 拝読して感動しました。東くんの「福島第一原発観光地化計画」って、最初は思いつき半分だろうと考えていたんです。ところがどっこい、現実にこれほど分厚い「チェルノブイリの観光地化」の実態が存在していた。すごく驚きました。しかも、本当にこの3~4年の間で「チェルノブイリの観光地化」が進んだという話。なんという時の運に恵まれた人だろうとも(笑)。
東 褒めていただけてよかったです。「思いつきだけでうまくやりやがって!」ということじゃないですよね?
宮台 たぶん(笑)。
原発事故跡地を「観光地化」するという提案
東 宮台さんは福島第一原発事故以降、さまざまな発言をされています。僕は今回のチェルノブイリ取材では、福島をどう語るかということについて、ひとつの新たな視点を提示したつもりです。「観光地化」という提案については、どう思われましたか?
宮台 原発事故にかぎらず、何事につけ忘却に抗うのは大切です。そのためならなんでもやるべきでしょう。僕たちは、日常生活を送りながらノイジーなものを忘れていきがちです。理由は“認知的整合性理論”が説明してくれるとおりで、日常の自明性に整合しない事柄を、忘却を含めて整合するように体験加工する傾向があるからです。
加えて、日本社会のコミュニケーションは、“共同体的前提の同一性”に対するこだわりがとても強いでしょう? 共同体的前提と異なる前提に立つとコミュニケーションが難しくなるので、忘却に向けてさらに動機づけられます。`
東 前提となる立場や認識が共通でないと、コミュニケーション自体が成り立たない。つまり、異なる立場や少数派のものの見方は、話題にものぼらなくなってしまうということですね。
宮台 ええ。この忘却癖に抗うには、「福島第一原発の観光地化」も不自然なアイディアではありません。原爆ドームの前例もあるし、むしろ必要じゃないかと思います。それがどんな種類の問題であれ、忘れてしまわない限りは議論を続けられるからです。議論が途絶えることは、再び〈フィクションの繭〉に閉じ込められることを意味します。
東 そのとおりです。福島の復興、そして日本の未来を考えるためには、事故の記憶を次世代に伝え、議論し続けていくことがまず必要だと思っています。
宮台 災害は社会が“沈む”ことです。だからこそ、どう“浮かび上がる”かが問われます。たまたま今日、僕が関わっている教会関連の集まりで「洗礼」について話してきたところです。洗礼はギリシア語の「バプテスマ」ですが、もともとの意味は“洗う”ではなく“沈める”。深く沈めた後に浮かび上がらせるという“死と再生”のメタファーです。
チェルノブイリ原発の事故から27年も経つからか、東さんが編集されたこの本では、一度は“沈んだ”チェルノブイリが、どういう方向に“浮かび上がろう”としているのかが、目に見えます。その具体的なイメージは、福島が“浮かび上がる”べき方向について重大なヒントをくれます。その意味で、この本の意義はものすごく大きいですよ。
多くの議論が尽くされた末に
東 ありがとうございます。僕が今回、チェルノブイリを訪れて感じたのは、思っていた以上にさまざまな議論の蓄積があるということです。この本では8人のウクライナ人にインタビューをしているんですが、チェルノブイリをどう未来に残していくかということに対して、すでに多くの論点が出ているんですよね。いろんな紆余曲折があったうえで、それぞれ違う立場からみな「観光地化」には賛成というのがとても印象的でした。
日本では3.11以降、チェルノブイリについての報道がたくさん出てきました。けれども多様な論点があったとは言いがたい。今回、僕たちがウクライナにいたのは6日間、取材にあてることができたのは4日間なんです。たった4日間の取材でも、日本でいままで報道されていないことが実に多くわかった。裏返すと、今までのチェルノブイリ報道の偏差というか、特定の視点がわかってしまったところがあります。被災者はいまでも健康被害に苦しんでいて、廃炉作業は終わりが見えない、しかしウクライナ政府は原発を推進している、それだけで終わっているんです。
宮台 奇しくも今日の朝日新聞に、その類いの記事が出ていました。
東 もちろんそれは真実なんです。だけど、同時に別の側面もあって……。たとえば、今回インタビューしているアレクサンドル・シロタさん(国際NPO「プリピャチ・ドット・コム」代表)という方がいます。彼は小学生の時に原発のすぐそばの街・プリピャチで被災したんですが、今はNPOを立ち上げて、ゾーン(原発周辺の立入禁止区域)に国内外からの観光客を案内している。彼は自分が生まれ住んだ街をもっと多くの人に知ってほしいと願い、そのために活動しているのですが、一方で資本主義や政治を憎んでいます。事故の後遺症で苦しんでもいる。「ぼくは政府の世話にはなりたくないから、障害者手帳は持たないんだ」って宣言しているんですね。
宮台 シロタさんと、その並びに出てくるセルゲイ・ミールヌイさん(作家・チェルノブイリ観光プランナー)が、イデオロギー的に正反対で、その対比がおもしろかったです。
東 そうなんです。ミールヌイさんは事故後にゾーン内で除染や住民避難を担当した方。だから彼自身もかなりの量の放射線を浴びていて、被災者だといえますが、彼はこんどは「人体って意外と放射能に強いんだぜ」という主張の人です。彼の考えでは、チェルノブイリにしろ福島にしろ一番の問題は風評被害。それを克服するためにも観光地化してどんどんお金を儲けた方がいいと考えている。そんなミールヌイさんとさきほどのシロタさんは、まったくイデオロギー的に逆なんですね。
でも、そんなふたりが最初は一緒にツアーを企画したというんです。いまは仲違いしているようですが、そういうことが起こるのが現実の複雑さです。福島だって当然そういうことはあるはずなんですよね。安全厨だ、危険厨だと切っているとこの部分が見えてこない。
加えて、現地の人に会うと、思いのほか陽気だったり、悲壮感のかけらもないような笑えるエピソードがたくさん出てくるわけです。今回の本はそんな話を盛り込みながらも、結果的に多様な論点をうまく浮かび上がらせることができたので、いろんな立場の人が参考にできるはずだと思っています。
(構成:宇野浩志、 撮影:佐藤真美(ゲンロン)、 6月22日 ゲンロンカフェにて)
1986年に起きたレベル7の原発事故から四半世紀余り。
チェルノブイリの「現在」から、日本の「未来」を導きだす必読の一冊です。
観光学者・井出明さんのインタビューなどが読める思想地図β4広報ブログと
続くβ4-2の大本となるプロジェクト「福島第一原発観光地化計画」も要チェック!
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