ヒトミちゃんは妊娠していたらしい。この世に生を受けてたった1ヶ月の小さな命と共に彼女は死んだ。
第三演習フィールドで実践訓練中の生徒たちを急襲した敵機は彼女の乗った演習用戦闘機を一瞬で粉々に破壊し、他に15人の生徒の命を奪って逃げた。こんな悲痛な出来事は我が校始まって以来、とセレモニーの壇上で校長は言ったけど、そんなこと私たちにとってはどうでもよかった。
本当に悲しい時って、涙も出ないんだ。
私は大破した機体から回収されたヒトミちゃんの遺体の、冷たいぺたんこのお腹を火葬焼却前に撫でた。こんな平べったい体の中に、新しい命が宿っているなんて信じられなかった。
逃げちゃえばよかったのに。
戦闘訓練にも狩猟にも、何もかもに一生懸命だった、まっすぐで賢いヒトミちゃん。そんなの、嫌だよっていって、逃げちゃえばよかったのに。私と一緒に、逃げればよかったのに。
入学したばかりの頃、訓練があまりに辛くて泣いたら、ヒトミちゃんが手を差し伸べて涙を拭いてくれた。ユミ、痛みっていうのはいつか消えるから、生理と一緒で、済んでしまった痛みっていうのは、また次にやってくる次の痛みに押し流されて消えるから、だから、私たちは、次の痛みに備えて、戦わなきゃいけないんだよ、って。
分からないよ、ヒトミちゃん。
私はたった一人で、これからいったい、なにと戦わなきゃいけないんだろう。戦って何を得るんだろう。この痛みは一体どうやったら消えるんだろう。
その答えはきっと、3000年分の人類のデータベースをさらっても、絶対に見つからない。
※
私はくしゃくしゃの紙切れみたいな気持ちで、次のレッド・トーンの時にも迷わずエイジくんのところに向かった。ヒトミちゃんのことを話したかったし、これからどうしようって、この気持ちを共有して、慰めてもらいたかった。
「城」の周辺は不気味に静まり返っていた。ひゅうひゅう、遠くで巻き上がる砂嵐の音だけが響いている。 エイジくんも、αもβもいない。みんなどこに行ったんだろう。
不意に、「城」の向こう側から、かたかたかた、と不穏な振動音が聞こえてきた。瓦礫の山全体を震わせて響く、いらだたしげで、寂しげで、それでいて何かをねじ伏せるような、尖り切った音。
私、この音、知ってる。
そう思った瞬間、心臓がぎゅ、と跳ね、呼吸が浅くなった。
砂埃の中に、ぷん、と湿った乳臭い匂いが混じり漂ってくる。私はこの匂いが、ある時に限り私たちの体から発されることを知っている。
「城」の向こうでは、マミちゃんがエイジくんを犯していた。
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