「あ、お前、何やってんの」
突然、低い声が空から降り注ぎ、太陽光を遮って何かがぬっと頭上に現れた。
「あー、挟まれてんのか、これ。大丈夫か?出れる?」
それが男の頭だって気づくまでに、2、3秒かかった。驚きのあまり全身が硬直する。ごく稀に、狩りの最中に男に反撃されて殺されちゃう子がいるんだ。それは私たちの間ではもっとも不名誉な死に方だった。
男はぐるりと私の周りを半周し、テトラに手をかける。逆光のため顔立ちはわからない。
「動かせるかなあ、これ」
女の私でも無理なのに、男の力でなんて絶対に不可能だ。そう思うけど、男は冷静な様子でテトラを押したり引いたりしている。
そのうち、ちらりとこちらに視線を向けてこう言った。
「なあ、これどかしたら、お前、僕の事、食べる?」
食べる、って?
当たり前だ。男と見れば襲う事。単純すぎるぐらい明確なルール。でも……
「お願いだからさ、食べないでくれよ」
そう言うと、男はその辺に落ちていた鉄パイプとブロックを拾い上げた。器用にテトラの足にパイプを挟み、てこの原理で浮かせようとする。やがて、ずず、ずず、と砂を擦る音を立ててテトラは動き始めた。突然のことに頭がついてゆかず、私はただ、ぽかんとそれを眺める。
そのうち、太陽が雲間に隠れ、濃い影の中に逆光に遮られていた男の目鼻立ちが少しずつ現れ始めた。
すっと通った鼻筋。形の良い顎、涼しげな切れ長の眦。
どき、とした。ヒトミちゃんに似ている。ううん、それだけじゃない。私、こんな綺麗な男、今まで見たことない。
そもそも、男をこんな風にまじまじと見つめたことなんて一度もない。性交はできるだけ速やかに終え、後は即座に捕食すること。そう教わってきたんだもの。
やがて生まれたテトラの隙間から、やっとの思いで私は這い出た。
砂だらけの体を払う。全身痺れて痛いけど、うん、大丈夫。異常はない。
ありがとう、そう言おうとして振り返った途端、
「食べるなよ!」
耳をつんざく大声に、私は驚いて飛び上がった。
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