言いづらいことは、サインで伝える
【登場人物】
清田隆之
桃山商事・代表
1980年生まれの文筆業
森田雄飛
桃山商事・専務
同じく1980年生まれの会社員
ワッコ
桃山商事・係長
1987年生まれの会社員
清田 桃山商事の恋バナ連載、今月は「恋愛のサイン」について語っています。
森田 恋愛のサインというのは、恋愛の間接表現のことです。前回は、キスしてほしいサインとか、セックスに関するサインが出てきたよね。
ワッコ 鼻毛が出てることをジェスチャーで伝え合うカップルの話もありました。直接は言いづらいことも、サインだと楽しく伝えられますよね。
清田 そういや俺も、言いづらいことをカノジョにサインで伝えたことがある。彼女のお祖母ちゃんの家に遊びに行ったときのことで、お祖母ちゃんはじめ親戚の方たちが、すごくよくもてなしてくれたのね。みんなでワイワイ楽しくごはんを食べて。
森田 清田はそういう場に強いよね。抜群のコミュ力を発揮するという。
清田 下町の商店街で育ったから、そういう場に入っていくことに慣れてるのかも(笑)。それはさておき、俺はその家に入ってからずっと気になってたことがあって。というのも、玄関には犬がつながれていたんだけど、その犬がすごく臭かったのよ……。
ワッコ あーわかります。人の家の犬のニオイ、気になりがち!
清田 向こうの家の人たちはそのニオイが全然気になってないみたいで、犬の頭をわしゃわしゃしたり、普通に散歩に行ったりしてるわけ。
森田 一緒に住んでると慣れちゃうんだろうねぇ。
清田 動物に不慣れなせいか、とにかく俺はめっちゃニオイが気になっていたんだけど、もてなしてくれているお祖母ちゃんたちの前で、そんなことストレートには言えないじゃない?
ワッコ 言えない言えない。
清田 でもあまりに臭かったから、俺はせめて彼女だけにはこの気持ちを伝えたいという思いが強くなって。ちょっと人が外した隙に「ヌーイーサークー?」と言ってみたのよ。
森田 暗号みたいなサイン(笑)。
清田 そしたら彼女が爆笑し始めて。なんというか「伝わった!」「臭いと思ってたのは俺だけじゃなかった!」という気持ちが込み上げてきて、めちゃくちゃ嬉しくなったのを覚えてる。
ワッコ それ通じなかったらキツイですよね。「えっ?ヌーイー?サークー??何なに?どういう意味!?」みたいにその場で詰められたら、まわりにも説明しなきゃいけなくなるだろうし。
清田 地獄だね(笑)。一発で伝わったから本当によかったんだけど。でも、サインが伝わったとしても彼女から「お前最低だな」みたいに思われるリスクもあったわけで、一種の賭けみたいな気持ちもあった。そのリスクがあったからこそ、彼女が爆笑してくれたことの嬉しさが大きかったんだと思う。わかり合えた感じがすごくよかったのよ。
森田 本来であれば、お祖母さんの家を出た後に「犬、臭かったよね?」と確認してもよかったわけじゃない?
ワッコ 確かにそうですね。
森田 そうしなかったのは清田の伝えたい気持ちが強かったからだと思うんだけど、おそらく他の人がいる現場でサインを通して伝わったことが、わかり合えた感覚をより高めたんじゃないかな。二人だけにしかわからないってこと自体が、効果的な演出になっている気がする。
ワッコ 確かに! ただ、二人だけでクスクス笑ってる感じって、楽しそうだけどちょっと意地悪でもありますよね。
森田 そうなんだよ。「親切なお祖母さんと臭い犬」という構図自体がシュールなんだけど、そのシチュエーションで「ヌーイーサークー」というサインを出すところに、清田が持っているちょっと意地の悪いユーモアの感覚が出ているなと思う。
清田 さすがに家の人が戻ってきてからは必死に笑いをかみ殺したけど、それからしばらくの間「ヌーイーサークー」という言葉が二人の間で流行りました。
ワッコ なんか妙に響きがいいですもんね。
サインで生まれる“気づきオーガズム”
ワッコ 今の話聞いてて思ったんですけど、飲食店で隣の人がやばい感じの時とかにもサイン出したりしません?
森田 あるあるある。
ワッコ 顔で表現したりとか。
清田 俺はそういうとき、時間で表現するようにしてる。
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