『ようこそポルトガル食堂へ』から10年。食文化を定点観測する楽しさ。
—— 『ムイトボン! ポルトガルを食べる旅』の発売おめでとうございます!
馬田草織(以下、馬田) ありがとうございます! 最初に書いた旅エッセイ『ようこそポルトガル食堂へ』から10年が経ちましたが、まさかまさか、また同じ出版社の編集者さん、デザイナーさんと一緒に本づくりができるとは!
—— 12年ほど前、馬田さんから本の企画書代わりに見せてもらったアイデアブック。開いたときに目に飛び込んできた美味しそうな料理写真の数々のことは、今でも鮮明に覚えています。ポルトガルで撮った料理などの写真がペタペタ貼りつけてあって、ポルトガル愛に満ちた手書きコメントが添えられていて…。「これ、本にしたい!」と即座に思いました。
馬田 その後松本さんから「会社で承認が得られました。本にしましょう!」とメールをもらった時も、実はポルトガルで取材中だったんですよ。コインブラのwifiのあるホテルでメール受信したら嬉しい報せを見つけて、一人で「やった!」ってガッツポーズしながら大喜びしたなあ。あれが私の初めての著書でしたから。
—— コインブラといえば、郊外にある一軒家で家庭料理を教わったエリアですよね。私は、そこから北上したメアリャーダにある、こんがり焼けた仔豚の丸焼き街道の写真が印象的でした。一冊目に掲載しましたね。あのお手製アイデアブックの書籍化といっても過言ではない『ようこそポルトガル食堂へ』は、ポルトガル好き、旅好き、食べ歩き好きの方はもちろん、料理のプロからも支持されました。代々木のポルトガル料理店「クリスチアノ」の佐藤幸二さんもそのお一人とか。
馬田 そうです。あるとき、佐藤さんに本を見せてもらったらもうボロボロで。そのクタクタ加減が、「まさに本を片手にポルトガルを歩いてきた」ことを証明しているようで、本当に嬉しかった。自分の本が人の役に立っていることを実感できる機会はなかなかないですから。
—— 書店さんからも「この本、好評なんですよ。次は出さないんですか?」と声をかけていただくことが多くて、書店営業のメンバーから2冊目も書いてもらおうという話が出たときは、編集担当として嬉しかったです。ポルトガルの食事情が、この10年の間にどう変化したのか、あるいは変化しなかったのか。それを検証できるという意味でも画期的だなあ、と。馬田さんご自身の生活環境も10年で変化がありましたよね。
馬田 はい。1冊目の刊行の翌年に娘が生まれて、今10歳です。その後、ライターや編集の仕事に育児が加わって自分の時間はほぼ無くなりましたが、それでもポルトガルへの興味が不思議と途切れなかった。今作の取材のうち1回は、娘をポルトガルの旅に連れていきました。
—— 娘さんを連れての取材旅はいかがでしたか?
馬田 1人で旅するときは、遠いポルトガルで1分も無駄にできないとばかりに、取材効率最優先でスケジュールを組むので慌ただしいのですが、子どもを連れて行くとそうはいかない。子どもは寄り道が大好きで、やたらと「ちょっと一休み」します。でも、そこを尊重しないと、旅が楽しくなくなってしまう。今回も、ポルトガルで一番高い山の雪野原でひたすら雪の玉を作ったり、オリーブの林で咲いている花を摘むのに夢中になったりと、取材者側から言うと情報の収穫はゼロの時間が生まれましたが(笑)、旅人としては何気ない休憩が挟まれて、そこから見えてくる景色というのがあって、これがとても新鮮でした。取材旅ではありえない余白でした。だから帰国して撮り終えた写真を見返しても、娘を連れて行ったからこそ撮れた遊びのある写真が何枚もありましたし。
—— なるほど。その「間」が今作に現れている気がします。前作はポルトガルの大地を所狭しと駆け回る勢いのある取材スタイル。「行けー、行けー、バダサオリ!」って応援しながら読む感じだっんですが、今作は、そんな中に、ゆったりとした時の流れを感じるシーンが加味されていて。
馬田 自分ではよくわからないんですが、10年の間にライフスタイルが変化したことで、取材スタイルや文章スタイルも変わったかもしれません。
—— 馬田さんの文章力は相変わらずで今回もうなりました。情景がありありと思い浮かぶし、食べ物の描写にしても「今すぐそこへ行ってそれを食べたい!」と思わせる魔力があって。でも、文筆家でありながら、写真もついたくさん載せたくなってしまうようないい写真が多くて、担当としては悩ましかったです。
馬田 前作同様、カラーの写真ページを多く作ってもらえて嬉しかったです。
—— 今回はサイズを少し小さくし、前よりページ数をうんと増やしました。文章と写真、両方しっかりと味わって欲しいから、文章ページと写真ページが交互にやってくるような作りになっています。紙も軽いものを選んだので、旅のお供にもできる仕上がりです。
馬田 そうだ、覚えてますか? 初めてデザイン事務所で1冊目の打ち合わせをした時、開高健の『オーパ!』を持参したこと。真夏の打ち合わせに、あの重たい豪華本をバッグに入れて持って行ったの。今思うとかなり恥ずかしいですが、憧れの本だったのでどうしてもデザイナーに見て欲しくて。こんな本に少しでも近づけたいんですって。
—— もちろん! 迫力のある本ですよね。開高健は作家でありながら、ジャーナリストでもありました。
馬田 『オーパ!』は、ページを開いた瞬間に開高健の旅の世界に引き込まれて、一緒に釣りをしたり、船に乗ったり、食事したりしている気分になってしまう。そこがたまらない魅力です。開高健の文章と高橋昇の写真が織りなす、類まれなケミストリー。開高健の作品は小説もエッセイも大好きですが、とくに『地球はグラスのふちを回る』はもう何度読んだか分からないぐらいです。結局、開高健ファンですね、私は。
—— あれは旅好きにはたまらない名作。私もタイトルに惹かれて読んで、大正解の一冊でした。ちなみに今作のタイトルには、どんな思いが込められているのでしょう。
馬田 「ムイトボン」はポルトガル語で「とってもいい」「とっても美味しい」という意味があります。耳馴染みのない方もいらっしゃるかなとは思ったのですが、異国情緒や軽やかさが語調で伝えられたらと思いました。
—— みんなで食卓を囲みながら「ムイトボン!」って笑い合っている様子が目に浮かぶようです。6章にわかれている今作。それぞれの章の魅力を、少しお話いただけますか?
馬田 もちろんです! では1章のポルトから。
この後、インタビュー後編へと続きます(次回は4月18日公開予定!)。 お楽しみに!