社外秘の財務モデルを泣き落としで教えてもらう
その日のうちにサラから報告があった。
「いいニュースとは言えますが、いまいちでもあります。サムと話をしました。
なんと、モデルなら彼らのところにあるそうです。ただ、社内で使う資料であって、社外には出さない、と。必要なら試算して結果をお知らせする、でも、モデルそのものは出せないというんです」
なんだよ、金張りの財務モデルってか?
秘密にする必要がどうしてあるんだ? ——そう思ってしまった。
「それじゃだめだ。自社で持たなきゃ意味がない。ぼくからもサムに頼んでみよう」
サムの説明は、彼らの予測モデルはクライアントにいろいろとアドバイスするためのものであり、社外の人には教えられない、だった。実写映画用でアニメーションには使えないという話もあった。
「だめな理由はわかりました。ごもっともだと思います。
でも、八方ふさがりなんですよ。
あっちに聞いてもこっちに聞いても社外秘だと言われてしまって。でもでも、自社でモデルを用意できなければピクサーは前に進めません」
ほとんど泣き落としだ。
「お気持ちはわかります。ですが、モデルを社外に提供したことはないのです」
なんとか助けてもらえた
実のところ、実写映画の情報が欲しいわけではない。作りたいのはアニメーション用モデル、それは実写用と違うものになるはずだ。必要なのはたたき台である。
そう思った瞬間、ひらめいた。
「さっき、モデルは実写用だと言われましたよね?
アニメーション用にしか使わないと約束してもだめですか?
こちらでアニメーション用に進化発展させます。我々はアニメーションですから、そちらのデータをそのまま使うことはありません。
結果はそちらにも還元しましょう。アニメーション用モデルをお返しするわけですよ」
「アニメーション用のデータはどこから手に入れるのですか?」
「モデルは渡せないけど、手は貸すとディズニーに言われています。お宅のモデルとディズニーの支援があればなんとかなるはずです」
サムはしばらくだまって考えていた。
「そうですね。そういうことならいいんじゃないでしょうか」
返事を聞いた瞬間、電話の向こうにワープして彼をハグしたいと思ってしまった。
表計算ソフトのファイルでこれほどぞくぞくする日が来るとは思ってもみなかった。
モデルを渡さないのは当然のことだ。それを渡してくれるのは、なんとか助けようと思ってくれたからである。ありがたいことだ。
小さな勝利でも大きな喜びだった
サムの会社からファイルが送られてきて、映画からどういう収益が上がるのかがようやくわかるようになった。
少なくとも、興行収入のうち、どのくらいが配給会社に入るのかはわかった。
マーケティングにいくらぐらいかかりそうなのかもわかった。
ビデオやテレビなどに提供されるのがいつごろで、どのくらいのお金になるのかもわかった。
制作予算や利益配分によって実際の利益がどうなるのかもわかった。
そのほか、事業をきちんと理解するために必要となる細かなことがあれこれわかった。このモデルをアニメーション用にカスタマイズするために必要な情報は、ディズニーに尋ねた。
ほどなく、アニメーション映画の財務モデルができあがった。粗削りとしか言い様のないものだったが、自分たちのモデルだ。
じっくり学んで、完成度を上げていけばいい。出発点としてはこれで十分だ。
サラも私も小躍りした。ひっそりとした小さな勝利がびっくりするほどの喜びをもたらしてくれることがある。我々にとってはそういう勝利だった。
ほかの人にはささいなことだと思えるかもしれないが、これでようやく、映画事業というものを語れるようになった——そう思えたのだ。いつの日か、裏も表も知り尽くした人になれるかもしれないと思えたのだ。
投資家好みの安定した利益を出すのは不可能
だが、このモデルから得られた数字を並べてみると、ハロルド・ヴォーゲルが、なぜ、映画会社が株式市場を通じて資金調達するのは困難を極めると言ったのかがわかってきた。
投資家好みの安定した利益を出すのはまず不可能。
それどころか、興行成績が少し変わっただけで利益が出なくなるなど、リスクがすさまじい。アニメーションには「持越費用」というやっかいな問題もあった。
持越費用とは、制作の作業をしていない社員にかかる費用だ。
たとえばアニメーションの作業が終わり、アニメーターの仕事がなくなっても、給与は払わなければならない。
ピクサーのように会社が小さいと、持越費用で利益など吹っ飛んでしまう。
これはウォルト・ディズニーの時代から続く問題で、アニメーションへの参入障壁になっている。この問題は、実写映画では発生しない。
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