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すばらしくない製品をつくるなんてことは、ジョブズにはありえない

アニメーション映画と同じように、実写映画も作ることはできないのか・・・。実写だとアニメーションのように納得いくまで修正して完成度を高めていくことができないことが、大きな違いだった。
2019年3月15日に発売!『PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(文響社)より特別掲載!

実写映画では後から修正ができない

 数日後、アニメーション映画と同じように実写映画を撮ることはできないか、エドにも相談した。

「映画の作り方が違います。アニメーションは自由度が高いのです。

 アニメーションでは、絵コンテやキャラクターモデル、アニメーションテストなどでストーリーをくり返し練ることができます。ストーリーやキャラクターがいまいちだと思えば修正できます。

 実写にその自由はありません。撮影が終わったら、その映像を使うしかないからです」

「いまいちな映画が多いのはそのせいです。製作者の責任では必ずしもありません。撮影した映像しか使えませんし、望みの映像が必ずあるとは限らないのです」

「ピクサーが採用している絵コンテ方式を応用したらいいんじゃないのか?」

 スティーブだ。

「多少はいいでしょうね。でも、それで万事解決とはなりません。アニメーションなら、実際の制作が始まってからでもストーリーを変えたりできます。

 でも実写でそれは難しい。撮影が終わったらセットは解体してしまうし、役者も撮影クルーもちりぢりになりますからね」

 スティーブの車で帰宅しながら、我々は検討を続けた。

すばらしくない映画を公開したくはない

「実写映画への参入にメリットがあるとはあまり思えませんね。アニメーションでは、卵をぜんぶひとつのカゴにまとめ、きっちりお世話をする。

 対して、たくさんのカゴに卵を散らし、どれかはかえってくれるだろうと思うのが実写です。どっちにもリスクはある。両方やればバランスがいいとかいう話じゃないと思います」

 こう言うと、スティーブも同意してくれた。

「むしろ逆かもしれないな。実写映画を何本も公開しなきゃいけないということは、失敗作でアニメーションの評判が傷つけられることも考えられる」

「ですよね。ディズニーも、実写映画に乗りだしたのはアニメーションで高い評価を確立してからでした」

「だいたい、すばらしくないかもしれない製品を公開するなんて、考えただけでむしずが走るよ」

 私も同感だった。

シリコンバレー流のアニメーション映画スタジオになるしかない

 画期的な製品で世界を変えるのがシリコンバレー流だ。実写映画を何本も公開するのがよくないと言っているわけではない。ただ、我々の考え方じゃない。

 それに、アニメーション映画も実写映画もリスクの大きい事業のようだし、両方やればリスクが打ち消し合うということもなさそうだ。

 このあとは、ふたりとも、実写映画に乗りださない理由ばかりを並べていた気がする。

 すごい製品にできないかもしれないものを作る気など、スティーブにはまったくなかったし、期待したリスク低減の効果も得られそうにない。

 結局、アニメーション1本で行くしか道はなさそうだ。

 ピクサーに来て以来、これだけは避けようと思ってきた道なのだが。

 なにせ、あれこれ調べるたび、前途多難だとしか思えなかったのだから。

 ディズニーとの契約がやっかいだとわかったときもそう思った。大ヒット映画の公開にまつわるリスクを知ったときにもそう思った。多角化してリスク分散を図っていない独立系アニメーション映画会社など前例がないに等しいとわかったときにも、だ。

エンターテイメント専業の会社の経営について勉強した

 エンターテイメント専業の会社を作る仕事など、する日が来るとは想像もしたことがなかった。

 だが、どうやら、それがどういう仕事なのか勉強すべきらしい。

 スティーブは株式を公開しろとあいかわらず圧力をかけてくるが、それが実現できそうな数字はどこにもない。

 ハリウッドで何回か話を聞いたくらいでどうにかなることではないのだ。まじめにエンターテイメント専業でいくなら、経済性を細かく理解しなければならない。さて、どこから始めようか。

私は、まず、図書館へ行ってみることにした。

 そして、パロアルトのミッチェルパーク図書館で『ハロルド・ヴォーゲルのエンタテインメント・ビジネス──その産業構造と経済・金融・マーケティング』をみつけた。

 1986年出版の本書は(日本語版は2013年に慶應義塾大学出版会より刊行)、エンターテイメント事業を財務面・経済面から詳しく分析したもので、業界の必読参考書となっている。

 図表や数式、経済分析が満載でおもしろい本とは言いがたいが、私は通読したし、何度も読みかえしたセクションもある。

映画で利益が出るのは10本中2本だけ?

 映画についてのセクション冒頭には、以下のように不吉なことが書かれていた。

 多くの人は、映画の製作ほど楽しく、儲かるものはないと思っている。

 たとえば『スター・ウォーズ』など、1100万ドルの初期投資により、4年間で1億5000万ドルもの利益を上げていたりするからだ。

 しかしながら、自己満足が得られるだけのことが多いのも事実である。なんでもそうだが、目に見えるものがすべてではないのだ。

 実際、劇場用映画10本あたり6本から7本が採算割れ、1本がとんとんと言われている。

 これは痛い。自己満足が得られるだけ? 利益が出るのは10本中2本だけ? 野球の平均打率より低いのか。

 この本を読むと、ヒットの可能性は低く、大ヒットの可能性はごくわずかであることがよくわかる。

 本書には、さらに悪いことも書かれていた。

映画スタートアップの資金調達の難しさ

 歴史をひもとくと、普通株式による方法で映画製作費を調達するのはやさしくないことがわかる。

 株式市場が過熱気味でないかぎり、映画スタートアップの資金調達は長く苦しいものとなり、費用もかさむのが普通である……。

 投資家側から見た場合、映画会社が早期に売りだす普通株式は、実績として、リターンが得られる場合より悪夢となる場合のほうが多いくらいである。

 これは映画会社の株式公開、つまり、我々が目的としていることそのものに関する議論である。

 それが「長く苦しいものとなり、費用もかさむのが普通」であり「悪夢」であるというのは、控えめに言ってもありがたくない話だ。

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ローレンス・レビー /井口耕二

ジョブズが自腹で支えていた赤字時代、『トイ・ストーリー』のメガヒット、 株式公開、ディズニーによる買収……アップルを追放されたスティーブ・ジョブズとともに、小さなスタートアップを大きく育てた真実の物語。 3月14日に発売する『PI...もっと読む

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