『伝わるしくみ』山本高史
マガジンハウス

「共有エリア」に立つ
そろそろ、伝えたい。
「発想」が言葉になり、受け手にうまく伝わり、自分の望む方向へ動かせたら、そこがゴールである。「アングル」×「ツリー」→「ノートの真っ黒な書き込み」→「アイディアの発見」まではきた。しかしまだ、アイディアのうちのどれが有効なのか決定していない。決定していないのは、受け手を決めていないからだ。
受け手さえ決まれば、彼や彼女の「言って欲しいこと」を選び出せばよい。
ここまでは特に受け手を定めずに話を展開してきたが、実際には仕事の提案にも雑談にも告白にも受け手がいる。
「4月」のケースもその設定をしなかったが、それを「誰に」伝えるのかによって変わるのが「発想」のフローの最後のところ。それはとりもなおさず、「ベネフィットの選択と決定」ということである。つまり、すべては受け手が決めるのだ。
その受け手にうまく伝えようとするならば、受け手がベネフィットと感じるものが送り手の言葉になければならないが、ベネフィットのところで触れたように「送り手の想定する受け手のベネフィットと、受け手が認めるベネフィットが違う」ということが十分起こりうる。パスタを例に見たように「茹で時間半分」と「カロリー20%オフ」の、どちらのベネフィットがその場その時の受け手に有効かを判断して、選択しなければならないというようなことだ。
その勘違いを可能な限り避け、的確に受け手を動かす方法論が、受け手と送り手の 「共有エリア」である。実はその方法に関しては、ほぼすでに書いている。
私って、いいね
きっかけは、1995年。
資生堂の企業広告テレビCMシリーズを担当した。「女性のあらゆる生き方、人生観を肯定し応援しよう」というものだった。とはいえ「あらゆる」は無理なので、低予算、多作(結果的に30本ほどつくった)で、「できるだけ」応援しようと気合いを入れて臨んだ。
しかし困ったことに、個人的には女性は遥か遠い異性である。性差だけじゃなく、そもそもわかっていなかった(もちろん今も)。かわいかったり、怖かったり、何考えているかわからない、不思議で理解の及ばない生き物だ。当然彼女たちのベネフィットもわからない(よく怒られる)。
「自分で想定する受け手のベネフィットと、受け手が認めるベネフィットは違うことが多い」を地で行くようなものだ。
その頃、日経新聞に興味深い記事を見つけた。その内容は「男女雇用機会均等法施行10年目、働く女性たちが疲れている」というものだった。1995年の労働環境は、もともと男が働きやすいようにつくりあげられたものだ。おそらく10年間弱で多少は改善されていたのだろうが、そこで女性が働くのは身体や心に合わない重く窮屈なよろいを着させられているようなものだった。そりゃ疲れるわ、と納得したことを覚えている。
女性は遥か遠くの異性だったが、「働く」ことならば容易に想像もつく。「働く」ことに関わるいくつかの気持ちや行動や事実は、送り手であるぼくと受け手である世の中の女性たちとで共有していたと考えることもできた。
当時の「脳内経験」を、「アングル」×「ツリー」を用いて具体的に展開してみる。
(1995年の仕事や会社は「終身雇用」「年功序列」の世界だ。新卒が3年で3割退職するなんて想像もつかなかった時代。それを今題材とするのは無理もあるが、あくまで「共有エリア」の事例として見てください)
○会社→上司、同僚、年次、給料、出社......
○仕事→やりがい、クライアント、会議、プレゼン、もっとできるようになりたいが......
○友人→仕事仲間、学生時代の友人、どうやったら仲よくなれるのか......
○恋愛や結婚→恋愛はしたい、結婚はどうする、デート、でも忙しいと会えない......
○週末→待ち遠しい、何もしない、なんかするべきだと思うのだが......
○通勤→眠い、満員電車、嫌い......
○年齢→気になる、上下関係、もっと若い頃より伸びたんだろうか......
○家族→干渉されるとうっとうしいが、いざという時は、離れて暮らすと心配......
○社会→その一員、しかしどうしようもない、何か役に立ちたいとは思うが......
○未来や夢→夢より現実、もっとできるようになりたい、未来は明るいか?......
各々のアングルからツリーを伸ばしてみた。それを俯瞰しながら想像してみた。すでに自分の脳に浮かんできた言葉を連ねればいい。そして「アイディア」となれそうな、気になるところにを太字にしてみる。
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