九螺ささら「きえもの」

九螺ささら「きえもの」【柿の種】

雨の音がしない。あの乾いた大量の雨音も。あのべちゃべちゃで汚ない雨音も。
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 柿の種降りつづく乾いた音して3マイルつづく煉瓦道の上



 過食症だった二年半、主食は柿の種だった。回し車を回しつづけるハムスターのように、わたしは柿の種を食べつづけた。起きている間は食べていた。生きることは柿の種を食べることだった。

 過食症になるまで、わたしは少食で、晴れ女だった。しかし過食症になってから、わたしは雨女になった。降ってくるのは柿の種だった。空までつづくトンネルのように、わたしの回りだけ、降りつづく柿の種に囲われた。

 それはわたしの食道だった。地面がちょうど、胃だった。

(一緒に水を飲めばいいのか)

 実験よろしく、一緒に水を飲むと、湿り気のある柿の種が降ってきた。水の量を多くすると、柿の種というよりどろどろの米になってきた。

 わたしは最終的に水だけを飲んだ。澄んだ雨を見たかったから。

 そうして、わたしの過食は止まった。

 わたしは再び少食になり、晴れ女に戻った。

 何か、偉業を成したようで。何か、とても清潔な人物になったようで、誇らしかった。

 雨の音がしない。あの乾いた大量の雨音も。あのべちゃべちゃで汚ない雨音も。食欲とは、雨音だった。

 このまま、ずっと聖人でいたい。晴れの日だけが一生つづけばいい……。

 地面がもだえている。

 胃がもだえている。

(食べたい。もっと猥雑なものが)

 空が曇りはじめている。



 この星に降るものは愛か星か水浴びながら爪や芽が伸びてゆく



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新潮社
2018-11-16

この連載について

初回を読む
九螺ささら「きえもの」

九螺ささら /新潮社yom yom編集部

初の著書『神様の住所』がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した歌人・九螺ささらによる、短歌と散文が響き合う不思議な読み物。電子雑誌「yomyom」に連載中の人気連載を出張公開!

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