彗星の孤独

言葉以前」の人々のように

坂本龍一さん、大貫妙子さんらから賛辞を送られる音楽家であり、ノンフィクション等の著書も多数持つ文筆家でもある寺尾紗穂さんのエッセイ集『彗星の孤独』(スタンド・ブックス)から珠玉のエッセイを特別公開。最終回、第8回はエッセイ「『言葉以前』の人々のように」――人間が言葉を持たなかったころ、悲しみや喜びを「鳴く」ことでしか表現しえず、それ以外は黙るしかなかったころ。(過去の連載

寺尾紗穂『彗星の孤独』より「『言葉以前』の人々のように」

 小さいころから話すことが苦手だった。母に蚊の鳴くような声で、と叱られたものだ。何かを感じた時に、瞬間的に言葉の飛び出す人間と、言葉が出てこなかったり、そのタイミングを失ったまま言葉を飲み込んでしまう人間と2種類いると思うのだが、私は明らかに後者である。加えて頭の回転が遅いので、機転がきき、弁の立つ人に出会うと別の星の人に出会ったような気分になる。ただ発話が遅いといっても無感覚ではない。むしろ感覚世界にはまり込み過ぎているために、言葉が遅れるのかもしれなかった。

 先日出雲でライブがあり、朝一の飛行機で着いて古代出雲歴史博物館へ行った。出雲の修験道の山、鰐淵寺(がくえんじ)に関する過去の展示のカタログを見られるというので、資料室でメモを取り、途中昼食に出雲そばを食べに出て、1時半から申し込んでおいた博物館で開かれる講演会に戻るつもりだった。3段の出雲そばを食べ終えて、出雲大社の参道前を通りかけた時、あまり時間がないけれど、一応、神様に挨拶したほうがいいのでは、という気分になり、鳥居をくぐって松の並ぶ参道を歩いた。神在月(かみありづき)の日曜のためか、パワースポットブームのためか、社内は人であふれていたが、緑に囲まれた参道は気持ちが良かった。本殿についてみると、初詣のような参詣客の列が長々とできている。神社のような神聖な場所も人が多いと余計な気が混ざってあまりよい場所にはならない、と聞いたこともあったのと、講演まで時間もなかったので、無礼を承知で道を引き返すことにした。参道の出口を目指しながら途中ふらりと左の横道にそれた。歴史博物館への近道でもあるらしいその緑道に入った途端、人がいなくなって木々のざわめきが聴こえてきた。私はふと、こういうざわめきの中に神様がいるのではなかろうかと思った。人間がひとり静かな心で、自然と正面から向き合った時に一番神様の近くにいる気がした。

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彗星の孤独

寺尾 紗穂
スタンド・ブックス
2018-10-17

この連載について

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彗星の孤独

寺尾紗穂

坂本龍一、大貫妙子らから賛辞を送られる音楽家であり、ノンフィクションの著書を多数持つ文筆家でもある寺尾紗穂さんの『彗星の孤独』より厳選のエッセイを公開。遠くて遠い父、娘たちのぬくもり、過ぎ去る風景――ひとりの人間として、母として、女と...もっと読む

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consaba 寺尾紗穂「何かを感じた時に、瞬間的に言葉の飛び出す人間と、言葉が出てこなかったり、そのタイミングを失ったまま言葉を飲み込んでしまう人間と2種類いると思うのだが、私は明らかに後者である。」https://t.co/ZcG4fQwQXH https://t.co/1KHPE 1年以上前 replyretweetfavorite